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忽那先生に対するSNS中傷の判決を見る

ラベンダー

こんにちは、ラベンダーです。

いろいろ事件が起こってます。

取りあげるネタが多すぎて、どこから手を付けていいものか。

なかなか方針がはっきりしないので、気になっていた別のことをやります。

皇室問題は、来週、まとめてやります。

さて、今日は誹謗中傷の裁判例の検討です。

大阪大大学院教授の忽那(くつな)賢志先生が、SNSで「人殺し」「ヤブ医者」などと中傷されたとして、投稿者3人にそれぞれ110万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12月19日に出ました。

その判決文が、裁判所のホームページに数日前に出たので、今日はその判決文を検討したいと思います。

弁護士の人にとっては、この判決は「相場」なのかもしれませんが、一般人目線では驚きですよ。

判決文全文はこちら

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=92658

目次

1回15万円、15回30万円

新型コロナ対策発信の忽那教授をSNSで中傷 投稿者に賠償命令

新型コロナウイルスの対策やワクチン接種についてメディアなどで発信してきた医師で大阪大大学院教授の忽那(くつな)賢志氏が、SNSで「人殺し」「ヤブ医者」などと中傷されたとして、投稿者3人にそれぞれ110万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が19日、大阪地裁であった。宮崎朋紀裁判長は、3人に計70万5千円を支払うよう命じた。

 訴状などによると、忽那氏は23年6月までにX(旧ツイッター)で「人殺し」「製薬会社から多額の献金を受けている」などと投稿した計17人を同年7月に提訴した。

うち2人とは訴訟外で和解が成立。この日は、忽那氏の主張に反論しなかった2人を含む3人に判決が言い渡された。残る12人との訴訟は続いている。

 忽那氏側は訴訟で「感染症内科医として人命救助のために取り組んでおり、このような侮辱を甘受すべき理由はない」と訴えていた。(森下裕介)

朝日新聞デジタル 2023年12月19日

https://www.asahi.com/articles/ASRDL53YPRDLPTIL00M.html

この事案で、被告は争ってはいないので、忽那先生側の勝訴なんですが、果たして、これで勝訴と喜んでいいのか???

そんな感じの判決です。

具体的に見ていきますが、この事案では3名の被告に対して2本の判決がございます。

仮にそれを判決A、判決Bとしましょう。

まず、判決Aでは、損害賠償額について、このように述べてます。

<判決A>慰謝料 各15万円(2名)
 本件各投稿については、原告に対して「犯罪者!」又は「人殺し…」という誹謗をしたものであってその内容は悪質である一方、1回に限り特に根拠も示さずに一言だけ上記の誹謗をしたものであって執拗性がないといえる。
 これらの事情等を考慮すれば、本件各投稿により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、それぞれ15万円とするのが相当である。

1回限りで、「犯罪者!」や「人殺し…」とか言った場合に、その精神的苦痛に対する慰謝料は、15万円だというわけです。

1回限りで、15万円はなかなかだと思う方もいるでしょうし、15万でも安すぎると思う方もいるでしょう。

いずれにせよ、1回15万円という話なので、まあまあ納得できるかもしれません。

これはこれでいいとしましょう。

しかし、別の被告に対する判決Bではこう言ってます。

<判決B>慰謝料 30万円
 本件投稿1、2、4、8、9及び12から15までについては、原告に対して「人殺し」又は「犯罪者」という誹謗をするものであり、本件投稿3、5から7まで、10及び11は、不特定多数の者が閲覧するツイッターアカウントにおいて原告に対して「ヤブ医者」である旨の指摘をしてその社会的評価を一定程度低下させるものであって、いずれもその内容は悪質である。本件各投稿がされた期間の長さや回数の多さをみると、被告の原告に対する侮辱行為ないし名誉毀損行為は執拗であるといえる。
 他方、本件各投稿は、原告に対し、根拠を示さずに「人殺し」、「犯罪者」、「ヤブ医者」などと誹謗するにとどまるものであって、これを見た一般の閲覧者においては、その内容は真実性が低く、原告に悪感情を持つ等による誹謗にすぎないと受け止めるのが通常であり、それによる社会的評価の低下の程度は小さいものといえる。
 これらの事情を総合すれば、本件各投稿により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、30万円とするのが相当である。
(太字、下線等はラベンダーによる)

「人殺し」又は「犯罪者」「ヤブ医者」という侮辱や名誉棄損を長期間多数行った場合が、この<判決B>

先ほど、1回で15万円という判決がありました。

<判決B>も同じ裁判官です。

1回で15万円なら、長期間多数(この場合、15の投稿に対する損害賠償)行った場合は150万円とか200万円とかになりそうなものですが、この場合はたったの30万円の損害賠償にとどまる。

〇 1回の名誉棄損で15万円
〇 長期間多数(15回)の名誉棄損で30万円

何で、こんな不思議なことになるのか?

判決文を読んでみると、どうも名誉棄損の判断基準に関係があるものと思われます。

簡単に荒く言えば、

「名誉棄損」=「社会的評価の低下」

と考えられてるようです。

「社会的評価」を低下させるものが名誉棄損であると。

逆に言えば、「社会的評価」を低下させなければ、名誉棄損じゃない。

たとえば、匿名のアカウントに対して「人殺し」とか中傷しても、匿名人に社会的評価は存在しないので名誉棄損は成立しないことになります。

「社会的評価」を低下させようがないですからね。匿名なので。

「名誉棄損」=「社会的評価の低下

損害賠償額の算定にあたっては、回数とか期間とかそういうことは考慮されてはいるものの、急所になるのは、「社会的評価の低下」、つまり、どの程度の「社会的評価の低下」があるかで損害額を決めてるようです。

そこで、長期間多数侮辱を行った場合に、30万円と判断したのは、判決文のこの記述。

他方、本件各投稿は、原告に対し、根拠を示さずに「人殺し」、「犯罪者」、「ヤブ医者」などと誹謗するにとどまるものであって、これを見た一般の閲覧者においては、その内容は真実性が低く、原告に悪感情を持つ等による誹謗にすぎないと受け止めるのが通常であり、それによる社会的評価の低下の程度は小さいものといえる。

根拠を示さずに「人殺し」、「犯罪者」、「ヤブ医者」と10回、20回と書きまくったとしても、それを見た人が本当に忽那先生を「犯罪者」とか「ヤブ医者」だと思う可能性は低い。

そりゃそうでしょうね。

判決文では

その内容は真実性が低く、原告に悪感情を持つ等による誹謗にすぎないと受け止めるのが通常

とあって、

ただの悪口を大量にならべても、ただの誹謗であり、それを真に受ける人はほとんどいないので、社会的評価の低下の程度は小さい、という話のようです。

単純な侮辱を重ねても、それほど社会的評価の低下はしない。

だから、30万円の賠償額にとどまった。

賠償額を決める基準は、社会的評価の低下がメインであって、侮辱の内容とか被害者の現実の苦痛とかじゃない。

結局、1回の侮辱と15回の侮辱、単純侮辱ならそれほど社会的評価の低下の程度は変わらない。

だから、賠償金額にも大差なかった。

そういう話になってるようですが

ううむ・・・

何か、変ですよね。

法律の問題としては、それで正しいのかもしれません。

しかし、長期間多数侮辱されれば、精神的な苦痛は1回の侮辱とは比べられないほど大きい。

しかも、家族などの心労もあるわけですからね。

100倍とまでは言わないけど、10倍20倍の苦痛は余裕であると思いますよ。

1回で15万なら、長期間多数なら150万くらいはあってもおかしくない。

でも、この「名誉棄損」=「社会的評価の低下」という論法では、

人間的、精神的な苦痛はあまり評価されないようです。

確かに、精神的な苦痛を適切に評価して、金銭に換算するのはテクニカル的に難しいという面があるかもしれません。

しかし、1回の侮辱も15回の侮辱も、金額が大差ないというのであれば、それは犯罪を助長するのではないですか。

ちょっと、問題あるというか、司法の限界を感じる話ですね。

その他の費用の請求

損害賠償金以外に、裁判では

  • 訴訟費用
  • 弁護士費用
  • 調査費用

を相手に請求し、その一部金額が賠償として認められました。

しかし、額が低い

訴訟費用

訴訟費用は、弁護士費用を除いた、裁判手続きにかかる費用

もともとの金額はそれほど大きくないですが、以下のとおりです。

<判決A>訴訟費用は、これを6分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告の負
担とする。

<判決B>訴訟費用は、これを3分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担
とする。

忽那先生側の勝訴なのですが、被告側の訴訟費用の負担は、<判決A>は6分の1<判決B>は3分の1しか負担しなくていい。

残りは、忽那先生が払うことになります。

忽那先生側の勝訴のはずですが、負担額が相手よりも大きい。

不思議ですよね。

日本の司法の特徴って感じです。

弁護士費用

弁護士費用について相手方に請求して認められる額は、弁護士さんが書いてるのを見ると、1割程度という話だそうです。

なんでそうなるかは、私にはわかりません。

弁護士をつけるのは任意だからというタテマエからなのでしょうか。

今回の忽那先生の判決では、

<判決A>かかった弁護士費用 各11万3000円×2のうち1万6000円×2

<判決B>かかった弁護士費用11万3000円のうち3万1000円

が認められ、「相場」よりは良いと思いますが、それでも27万円以上忽那先生の自己負担になります。

調査費用

匿名のアカウントに対する訴訟をするには、誹謗中傷した人間が、どこの誰だか確定しないといけません。

そのために行うのが「開示請求」という訴訟です。

どういう手続きかの説明は省略しますが、「開示請求」により本人が特定され、名誉棄損による損害賠償請求訴訟を行うことができるので、この「開示請求」にかかった費用は「調査費用」ということになります。

本件では、17名の誹謗中傷者を特定するために、

合計236万4864円

の費用がかかってます。

これを17で割ると、一人当たりの額は13万9109円

これを裁判で被告たちへ請求しましたが、認められた金額はたったの

1人あたり1万4000円

だから、仮に、全部勝訴して損害賠償金を全額回収できたとしても、

236万4864円 ー 1万4000円×17 = 212万6864円

つまり、全部勝訴して、全額回収したとしても、212万円赤字になるという。

むちゃくちゃな話ですよ。

忽那先生は、100%被害者ですよ。

にもかかわらず

訴訟に全部勝っても、大赤字。

何か、おかしいというか、狂ってますよね。

訴訟では被害者救済にならない

結局、認められた額は

今回の訴訟で賠償が認められた金額

<判決A> 18万円×2名
(慰謝料15万円×2、調査費用1万4000円×2、弁護士費用1万6000円×2)

<判決B> 34万5000円
(慰謝料30万円、調査費用1万4000円、弁護士費用3万1000円)

合計 70万5000円

使った費用は、訴訟費用を除いて

弁護士費用 11万3000円×3=33万9000円

調査費用 236万4864円×3/17= 41万7327円

合計 75万6327円

75万円+訴訟費用かけて、70万円の判決をもらった。

なんだかな~。。。って感じですよね。

勝訴しても赤字

しかも、回収できるかどうかは未知数。

回収できなかった分、さらに赤字が増えます。

日本は法治国家ですから、誹謗中傷問題で、最後の砦は司法です。

でも、

被害者を救済するどころか、訴訟すれば赤字になる

って、いったい何なのでしょうね。

司法の限界を感じます。

何かが狂ってますよ。

ということで

誹謗中傷問題に取り組むと、楽しくないことが多いです。

でも、誰かがやらないと、誹謗中傷天国になってしまいます。

忽那先生も、そういう意味で、頑張っておられるのだと思います。

皇室への誹謗中傷問題については、私も孤独な闘いが続いてますが、めげないで、少しづつ頑張っていきたいと思います。

労力はかかってますが、訴訟とかで何百万もお金かかってるわけじゃないですからね。

改めて、忽那先生へ敬意を表したいと存じます。

今日はこれくらいにします。

ラベンダー

ではまた

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瑠璃の光
瑠璃の光
3 months ago

こんばんは。
記事の更新ありがとうございます。

日本の名誉棄損や侮辱の訴訟はラベンダーさんのおっしゃる通り、一般的な感覚からかけ離れているように感じます。

日本はなるべく訴訟させないようにしているの?って思うような判決内容ですよね。
ネットがない時代の想定のままで、司法が追いついていないのでしょうか。

ジュリアーニ元NY市長は名誉毀損で訴えられ、1億4800万ドル(約210億円)の支払いを命じられ破産申請したとニュースになっていましたね。
(大統領選挙の開票作業についての発言で、弁護士で元NY市長という方でも破産に追い込まれるアメリカの制度はすごい・・・。)

アメリカのような巨額賠償まで行くと、それは行き過ぎと思いますが、せめて勝訴した側の訴訟にかかる費用全額を相手方に負担させるぐらいにはならないと。

以前から刑法の併合罪の規定は一度の判決での量刑の上限が設定されて、罪をいくつ犯しても量刑が割引されて犯罪者にとってお得な制度?!って気がして納得がいかないです。
侮辱を1回やろうと15回やろうと、あまり慰謝料に反映されないのもどうかと思います。

日本の現状では弁護士を雇う余裕がなければ、被害者は泣き寝入りか、刑事事件として警察が捜査してくれるよう働きかけるしかないってことですかね・・・。

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