
こんにちは、ラベンダーです。
佳子内親王殿下は、12月29日に31歳のお誕生日をお迎えになられました。
今年は、総裁や名誉総裁を務める団体の行事や地方訪問などの公的活動に精力的に取り組まれた。
6月には外交関係樹立130周年に合わせてブラジルを公式訪問されました。
ニュース動画
秋篠宮ご夫妻の次女佳子さまは29日、31歳の誕生日を迎えられた。この1年、能登半島地震で大火が起きた石川県輪島市の朝市通り、高松市の国立ハンセン病療養所「大島青松園」など精力的に各地を訪ね、多くの人と交流した。宮内庁によると、誰もが安心して暮らし、幅広い選択肢を持てる社会になるよう願い、公務に臨んでいるという。
2025年12月29日 毎日新聞
この1年間の佳子内親王殿下のご活動
1月
内親王殿下は、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」をご覧になりました。ポケモンという新しい切り口から考えられた、創造性あふれる工芸品を楽しまれました。
2月
内親王殿下は、「世界青年の船」事業に参加している13か国の代表者とお会いになりました。毎年「世界青年の船」や「東南アジア青年の船」で訪日する参加者とお会いになっており、プログラムでの経験などをお聞きになることを楽しみにしていらっしゃいます。
また、このような事業を通して、相互の理解や友情が深まり、国際理解が進むことを願っておられると伺っています。
3月
内親王殿下は、国賓として訪日されたブラジル連邦共和国大統領閣下および同令夫人のために天皇皇后両陛下が催された宮中晩餐に陪席なさいました。
4月
内親王殿下は、石川県を訪問されました。漆芸や陶芸に携わる工芸の関係者とお会いになり、能登半島地震、豪雨により被災した当時やその後について、また、そのような中、日々努力を重ねておられることについてお聞きになり、復旧、復興を改めて強く願われたと伺っています。また、工芸品やその製作の様子をご覧になるとともに、製作過程の一部を体験されました。
まず、被災した輪島市の朝市通りを歩かれ、被害の状況をご覧になりました。
その後、「石川県立輪島漆芸技術研修所」をご訪問になり、内親王殿下が総裁をお務めになっている日本工芸会の会員と懇談されるとともに、「蒔絵」と「沈金」の授業を見学され、研修生と交流されました。
また、「石川県輪島漆芸美術館」にて、仮設工房で輪島塗のお仕事をされている方々とお話しされ、次いで、実際に輪島塗の仮設工房を訪ねられました。
翌日は、小松市で焼き物を製作している「錦山窯」と「中田錦苑窯」を見学され、能美市の「石川県立九谷焼技術研修所」では研修生と交流されました。
内親王殿下は、これまでも折に触れて石川県の伝統工芸をご覧になり、その美しさを感じてこられ、今回その地で工芸の関係者にお会いできたことをありがたく思っていらっしゃいます。
石川県の伝統工芸の魅力を改めて感じ、携わっている方々のご努力、製作に込められた思いに対し深い感銘を受けられたと伺っています。
内親王殿下は、6月のブラジルご訪問を前に、神奈川県の「JICA横浜海外移住資料館」を見学され、併せて専門家からお話をお聞きになりました。
ブラジルの歴史と社会、日本から移住した人々とその子孫の歴史、ブラジルから日本に来て生活している人々やその家族の暮らし、ブラジルでのJICAの活動について学ばれました。
また、兵庫県の「神戸市立海外移住と文化の交流センター移住ミュージアム」を見学されました。その後、「関西ブラジル人コミュニティCBK」の関係者から、関西在住ブラジル出身者の状況や課題、自身の体験談、CBKの活動内容などをお聞きになりました。
また、日伯協会の関係者からお話をお聞きになり、これまでの活動や関係者の思いについて認識を深められました。
5月
内親王殿下は、「第34回森と花の祭典―『みどりの感謝祭』式典」に出席されました。行事に先立って主催者から、受賞団体の説明とともに、岩手県大船渡市、岡山県岡山市、愛媛県今治市など、各地での大規模な山火事の状況についてもお聞きになり、式典のお言葉では、お見舞いを述べられました(お言葉のリンク)。
また、受賞者等とお話しされ、森林についての正しい理解や、森林や花を大切にする取組の重要性を改めて感じられたと伺っています。
内親王殿下は、「令和7年度全国都市緑化祭」にご出席のため、岐阜県を訪問されました。
可児市の「ぎふワールド・ローズガーデン」で開かれた式典でお言葉を述べられ(お言葉のリンク)、記念植樹をされました。また、各務原市の「世界淡水魚園水族館(アクア・トト ぎふ)」では水生生物の生態などについてお聞きになり、岐阜市の「ぎふ木遊館」では子どもたちと木のおもちゃを使った遊びを楽しまれました。
可児市の「岐阜県立国際園芸アカデミー」では学生と交流されました。ご訪問を通じて、今年の「全国都市緑化祭」のテーマである「『清流の国ぎふ』から広げる自然と共生した暮らし」にもつながる様々な取組を興味深く見学されました。
6月
内親王殿下は、日本とブラジル連邦共和国の外交関係樹立130周年及び「日本ブラジル友好交流年」にあたり、ブラジルを訪問されました。ブラジルの各地で多くの方々にあたたかくお迎えいただいたことを、ありがたくお思いになっています。
ご訪問中のお言葉については「佳子内親王殿下のブラジルご訪問時のおことば」を、ご訪問後のご感想については「佳子内親王殿下ブラジルご訪問を終えられてのご感想」をご覧ください。
内親王殿下は、本年を契機として、両国の友好関係がさらに深まることを願っていらっしゃいます。


7月
内親王殿下は、ご家族の皆様とご一緒に、「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」をご覧になりました。被爆直後から年末までの被害の状況などを伝える写真や映像をご覧になり、原爆により犠牲になられた方々をお悼みになるとともに、原爆による被害の悲惨さや平和を守ることの大切さを改めて胸に刻まれました。
写真に写っている方々のお名前と、被爆した前後やその後についてお聞きになり、お一人お一人の苦しみが深く胸に迫ったと伺いました。
内親王殿下は、先の大戦で想像を絶する苦難を経験された方々に思いを致され、亡くなられた方々へ深い哀悼の気持ちを持っていらっしゃいます。
そして、戦争の悲惨さや人々の苦しみ、復興へのあゆみ、平和の大切さを伝えてこられた戦争体験者やご遺族をはじめとする方々に、心からの敬意をお持ちになっています。また、平和な世界を実現するために様々な形で取り組んでこられた方々のご努力を、たいへん重要なこととして受け止めてこられました。
そして、これまでお聞きになった戦争についてのお話を振り返り考え続けること、世界各地の争いによる苦しみについて考え続けることの大切さを改めて感じられ、平和への思いを一層強くされました。
内親王殿下は、「ブラジル日本語センター」主催の「第9回ふれあい日本の旅」でブラジルから日本を訪れた生徒や関係者とお会いになりました。日本の訪問先での経験などについて、なごやかに懇談され、生徒による歌とダンスを楽しまれました。
内親王殿下は、静岡県御殿場市で開催された「第59回全日本高等学校馬術競技大会」の開会式に出席され、お言葉を述べられました(お言葉のリンク)。また、競技をご覧になり、全国から集まった選手を応援されました。その後、「高嶺の森のこども園」で、子どもたちと交流されました。
内親王殿下は、ご家族の皆様とご一緒に、沖縄から東京に取材に来た小中学生「第60次沖縄豆記者団」とお会いになりました。冒頭では、豆記者の代表者による挨拶があり、戦後80年という節目の年、尊いたくさんの命でつながってきた今の自分たちの命の重みを胸に、豆記者として学び考え続けられる喜びを噛みしめながら取材活動に取り組みたいという思いをお聞きになりました。その後、豆記者として頑張りたいこと、沖縄の文化などについて、なごやかに懇談されました。
8月
内親王殿下は、秋篠宮皇嗣妃殿下とご一緒に、広島県を訪問されました。広島市の「広島平和都市記念碑」に供花をされ、原爆で犠牲になられた方々に深い哀悼の意を表されました。ホノルル市の子どもたちによるミュージカル「PEACE ON YOUR WINGS 〜佐々木禎子の物語〜」を鑑賞され、関係者と懇談された際には、若い世代の方々が、国を越えて、平和への願いを多くの人に届けようとしていることを、大切に思われたと伺いました。また、「広島原爆養護ホーム舟入むつみ園」を訪問されました。入園されている方々から、戦争中の状況や、戦争は絶対にあってはならないこと、平和への思いについてお聞きになり、辛い経験を思い出しながらお話しくださったお一人お一人の言葉を胸に深く刻まれたと伺いました。また、最近の生活や楽しみ、以前のお仕事などについて懇談されました。お会いできたことを心からありがたく思われ、ご一緒できる時間を大切に過ごされたとお聞きしています。
内親王殿下は、大阪府で開催された「2025年日本国際博覧会」の会場を訪問されました。「日本館」を見学された後、博覧会に併せて開催された「DISCOVER KOUGEI in EXPO2025」(第42回伝統的工芸品月間国民会議全国大会)で、様々な伝統的工芸品の製作の様子を見学され、ご自身も「津軽塗」と「京くみひも」の製作を体験されました。輪島塗大型地球儀「夜の地球 Earth at Night」を、4月に輪島でお会いになった工芸作家と輪島市長から説明を受けながらご覧になりました。作品に込められた思いと、そこに結集された素晴らしい技術が心に残っていると伺いました。その後、ブラジルとペルーのパビリオンを見学されました。ブラジルは本年6月に、ペルーは外交関係樹立150周年であった2023年の11月に、それぞれ訪問されています。ご訪問のことを思い出しながら見学され、また、ご訪問時にあたたかく迎えてくださったことへの感謝の気持ちをお伝えになりました。
内親王殿下は、「第42回全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」に出席されました。開会式では手話でお言葉を述べられ(お言葉のリンク)、全国から選抜された高校生の手話によるスピーチをご覧になりました。その後、出場者となごやかに懇談されました。
9月
内親王殿下は、悠仁親王殿下の成年式に出席されました。内親王殿下は、たいへん熱心に勉学に励まれていた親王殿下を心から応援していらっしゃり、4月に大学に入学され、以前から興味を持ち続けていた分野について学ばれていることを、嬉しく思われていると伺っています。内親王殿下は、親王殿下が幸せに過ごされることを心から願っていらっしゃいます。
内親王殿下は、ご家族の皆様とご一緒に、琉球舞踊の「真木の会」をご覧になりました。舞に込められた祈りをお感じになりながら鑑賞されたと伺いました。「かぎやで風」の演目は、お小さいころにお稽古されたことがある舞であり、前奏が始まった時に振りを思い出され、お帰りになってから踊ってみられたそうです。
内親王殿下は、日本工芸会等が主催し、東京都で開催された「第72回日本伝統工芸展」をご覧になった後、授賞式とレセプションに出席され、作家と懇談されました。日本工芸会に関しては、この1年間で開催された6つの部門の部会展もご覧になりました。作品を様々な角度からご覧になって変化する表情を楽しまれるとともに、作家のお話をお聞きになり、作品に施された様々な工夫を学ばれました。
内親王殿下は、鳥取県倉吉市で開催された「第12回全国高校生手話パフォーマンス甲子園」に出席されました。交流会では、大会に出場する全チームの代表者や関係者と懇談されました。本大会では手話でお言葉を述べられ(お言葉のリンク)、コントやダンス、演劇などのパフォーマンスをご覧になりました。また、「鳥取県立美術館」では、収蔵作品の展示をご覧になり、「『障害者の文化芸術国際フェスティバル』アール・ブリュット展in鳥取県立美術館」をご覧になって作者と懇談され、「手話通訳付き対話鑑賞」を見学されました。湯梨浜町にある、心身の障害などにより在宅での生活が困難な人を対象とした救護施設「ゆりはま大平園」では、作業の様子をご覧になり、ボッチャに参加され、入所者が製作した陶芸品「大平焼」などをご覧になりました。毎年、手話パフォーマンス甲子園の機会に鳥取県を訪問なさっており、様々なところを訪れ人々と交流する度に新しい魅力を感じていらっしゃると伺っています。
10月
内親王殿下は、秋篠宮皇嗣妃殿下とご一緒に香川県を訪問され、直島町、高松市、土庄町で「瀬戸内国際芸術祭2025」の芸術作品をご覧になりました。高松市では、「こども図書館船 ほんのもり号」を見学され、芸術祭を支えるボランティア「こえび隊」と懇談されました。小豆島町では、母子愛育会の「愛育班員」と懇談されました。また、高松市の「国立療養所大島青松園」を訪問されました。ご訪問前には、東京都東村山市にある「国立ハンセン病資料館」で展示をご覧になったり、関連する書籍をお読みになったりされ、ハンセン病に関わる歴史や現状を学んでいらっしゃいました。「大島青松園」では、「納骨堂」で供花を、「南無佛」の碑と「鎮魂の碑」で拝礼をなさり、深い哀悼の意を表されました。かつて入所者が切り開いた、瀬戸内の景色が見える道を、当時の入所者の気持ちを思いながら歩かれたと伺いました。芸術祭にあわせて入所者や職員の話をもとに製作された作品や、園内の資料館もご覧になりました。その後、入所されている方々お一人お一人と丁寧に懇談されました。お話しいただいたことが深く心に残っているとお聞きしています。ご一緒できる時間を大切に思いながら過ごされ、お会いできたことを心から嬉しく、ありがたく思われたと伺いました。
内親王殿下は、滋賀県を2回訪問されました。「第79回国民スポーツ大会」では、バスケットボール競技をご覧になり、総合閉会式に出席されました。「第24回全国障害者スポーツ大会」では、水泳競技とフライングディスク競技をご覧になりました。併せて、滋賀県の様々な施設を訪問されました。米原市の「湖北みみの里」では、縫製や袋詰めなどの作業をされている、ろうや盲ろうの方々と、手話や触手話で懇談されました。また、様々な音を知らせることで、きこえない人、きこえにくい人の生活をサポートしている聴導犬の訓練の様子をご覧になりました。「滋賀県立伊吹高等学校」では、書道部によるパフォーマンスをご覧になった後、部員と懇談され、ホッケー部員とも交流をされました。湖南市では、障害のある子どもを対象とした入居施設であり内親王殿下もご訪問前からご存知だった「滋賀県立近江学園」を訪問されました。生徒から木工作品の説明を受け、生徒による演奏を鑑賞され、また、一緒に絵を描くなど、交流を楽しまれました。甲賀市の「滋賀県立陶芸の森」では、信楽焼などの陶芸作品について説明を受けられ、子どもたちと共に絵付けをされました。それぞれのご訪問先で、ご覧になった競技や式典の盛り上がり、パフォーマンスや演奏、作品の魅力を感じられ、お会いになった方々が取り組まれていることや楽しい交流が心に残っていると伺いました。
内親王殿下は、秋篠宮皇嗣同妃両殿下とご一緒に、「中南米日系人外務省研修生OB/OG会60周年記念訪日団」のブラジルとメキシコからの参加者にお会いになりました。6月にブラジルでお会いになった方との再会を喜ばれ、また、新たな出会いを嬉しく思われました。このような機会を通じて、日本と両国の友好関係がさらに深まることを願っていらっしゃいます。
内親王殿下は、京都府を訪問され、日本工芸会等が主催する「第72回日本伝統工芸展京都展」をご覧になりました。近畿地域の自然をモチーフに生み出された作品等、長い歴史の中で培われてきた技や美意識により創り出された作品の美しさに感銘を受けられたと伺いました。あわせて京都市の「松下真々庵」をご訪問になり、様々な工芸作品をご覧になりました。また、工房「漆工芸 表悦」では、作品や製作過程についての説明をお聞きになりました。独特の塗膜の美しさを持つ漆器ができあがるまでには、作り手が繊細な技を用いて作業を進めていく多くの工程があることを興味深くお思いになったそうです。
内親王殿下は、日本テニス協会の総裁として、今年が100回目となる「全日本テニス選手権」の男子シングルスの決勝戦を観戦されるとともに、表彰式に出席されました。記念すべき大会を飾るに相応しい白熱した試合で、良いプレーの連続だったと伺いました。
内親王殿下は、ガールスカウトによる催し「ガールズメッセ2025」に出席されました。災害、暴力、虐待、貧困、そして性的マイノリティへの理解の不足などについて取り組んだ活動が表彰されました。お言葉では、「より良い社会を目指して真摯に考え、声をあげ、行動を続けることは、エネルギーを要し、勇気がいることだと思います。皆様が強い思いをもって頑張る姿に、励まされる人が大勢いるはずです。」と述べられるとともに、ジェンダー平等を含むより良い社会の実現を願われました(お言葉のリンク)。
内親王殿下は、「正倉院 THE SHOW」を鑑賞されました。1300年前と同じ技法・素材で作られた再現模造をご覧になった際には、その精緻な作りと高い技術に魅入られたと伺いました。また、宝物の細部まで見られる高精細な映像が大きなスクリーンに投影された展示など、宝物の魅力を新しい形で伝える工夫をお感じになったそうです。
内親王殿下は、中近東やアフリカで支援を必要としている人々のために収益が使われる「第22回日本中近東アフリカ婦人会チャリティバザー」の会場を訪問されました。各ブースで交流をされながら、色とりどりの工夫を凝らした美しい手工芸品や特産品などを購入されました。
11月
内親王殿下は、「手話のまち 東京国際ろう芸術祭」に出席されました。アバターが手話で話せるようにした最新の技術など、海外の取組をご覧になり、これらの取組を進めてきたろう者と交流されました。オープニングセレモニーでは、阿波踊り、太鼓、パフォーマンスなどを楽しまれ、その後、出演者と懇談されました。世界各地の手話や国際手話が飛び交う会場で、世界のろう者による多様な芸術に触れることができ、素敵な機会だと思われたと伺っています。
内親王殿下は、知的障害のある人や家族、支援者によって構成された団体の全国組織である「全国手をつなぐ育成会連合会」の70周年を記念する「第10回全国大会/本人大会」に出席され、お言葉を述べられました。お言葉では、知的障害のある人と支援者によって作られたプログラムや、わかりやすい言葉で書かれたニュースが発行されていることなどの例を挙げられながら、知的障害のある人や家族の視点から暮らしやすい社会を作ろうとする育成会の活動が、社会全体をよくすることにも繋がっていると感じられたと述べられました(お言葉のリンク)。事前の説明でお聞きになったご家族や関係者の長年にわたるご努力や、式典の中でお聞きになった思いのこもった「本人決議」も深く心に残られたと伺いました。その後、知的障害のある当事者の会である「東京都手をつなぐ育成会本人部会ゆうあい会」の会長、役員とご懇談になり、また、「アートギャラリー」を楽しまれました。
内親王殿下は、「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025」の日本選手団の結団式に出席されました。選手や関係者がこれまで積み重ねてきた努力の成果を存分に発揮できることを願われ、応援の気持ちを込めて、手話でお言葉を述べられました(お言葉のリンク)。
内親王殿下は、ご家族の皆様とご一緒にデフリンピックの開会式に、お一人で閉会式に出席されました。開会式と閉会式では、国際手話と日本手話、英語と日本語の字幕、音声など、様々な形で情報が行き交う場内で、選手や関係者、多くの観客がデフリンピックに寄せてきた思いや、大会の盛り上がりを直に感じられました。期間中には、競技会場で空手、卓球、テニスをご覧になり、緊張感のある空気の中、迫力あふれる競技に引き込まれたと伺いました。世界から集まった関係者と、世界各地の手話や国際手話を通して交流できたことも嬉しく思われたとお聞きしました。12月には、金メダルを獲得した日本代表の選手12名とお会いになり、各選手の活躍を心から祝福されるとともに、なごやかに懇談されました。この催しをきっかけに、スポーツへの参加においても、日常生活の中でも、みんなで一緒に情報を共有でき、一緒に楽しめるようになることを願っておられると伺っています。
内親王殿下は、「第42回伝統的工芸品月間国民会議全国大会記念式典・一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会設立50周年記念式典」に出席される予定でしたが、COVID-19に感染されたためご欠席になりました。これまで、各地で伝統的工芸品産業に関わる方々にお会いになり、今回も、式典に出席し、関係者とお話しすることを楽しみにされていたため、出席が叶わなかったことをたいへん残念に思っていらっしゃいました。式典では、お言葉が代読されました(お言葉のリンク)。
12月
内親王殿下は、4月にも訪問された「神戸市立海外移住と文化の交流センター」を再び訪問され、同センターに拠点を置く「関西ブラジル人コミュニティCBK」の方々にお会いになりました。ブラジルなどにルーツがある子どものための学習支援教室やポルトガル語教室を見学され、子どもたちと一緒にゲームをしたり、好きなことを聞いたりしながら、楽しく交流されました。また、先生やスタッフの方々からは、異なる言語や生活習慣の中での努力や困難、また、心を込めて支援を続けている思いについて、お聞きになったと伺っています。言語や学習、生活のサポートの大切さを感じられるとともに、子どもたちをはじめ、海外にルーツを持つ人々が安心して幸せに暮らせることを願っておられるとお聞きしています。
内親王殿下は、みどり豊かなまちづくりの取組を進める催しである「第8回みどりの『わ』交流のつどい-都市の緑三賞表彰式-」にご出席になり、お言葉を述べられました(お言葉のリンク)。その後、受賞者から様々な活動について興味深くお聞きになりました。
この一年間の内親王殿下のご様子の一部をご紹介しましたが、このほかにも、海外から来られた方々とお会いになったこと、展覧会、競技会、発表大会をご覧になり関係者と交流されたことなどがありました。内親王殿下は、この1年間を通して、お会いになった方々、お迎えくださった方々、催しの準備に当たられた方々、様々な形で支えてくださった方々や心を寄せてくださった方々へ、感謝の気持ちを持ち続けていらっしゃいます。
公式写真と映像
(宮内庁による説明)
内親王殿下が、12月上旬に赤坂御用地内を歩かれているご様子を撮影した映像です。茶色のシャツとスカートに白色のセーターを着ていらっしゃいます。青空が広がり、鳥のさえずりが聞こえる暖かな日でした。
はじめに、サザンカがきれいに咲いている場所を歩かれました。左側にピンク色、右側に白色のサザンカが咲いている間からゆっくりと歩いてこられ、振り返ってサザンカをご覧になりました。
場面が変わり、ピンク色のサザンカを近くでご覧になり、花びらに触れられました。インスタントカメラでお花を撮影され、ウィーンという音とともに出てきた写真をご覧になり、微笑まれました。赤く色づいたモミジにも歩み寄られました。足元に広がる落ち葉を踏みしめて歩かれた時にはガサガサという音がし、落ちている枝の上を歩かれた時には枝がポキッと折れる音がしました。
再び場面が変わり、内親王殿下は風景を楽しまれながら、芝生の斜面を歩かれました。動画の最後にかけて、斜面の上まで歩かれた内親王殿下の後ろに斜面の下の池や松、紅葉が広がっています。
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秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまが12月29日、31歳の誕生日を迎えられました。
誕生日を迎えた佳子さま
印象的だったブラジル訪問。
そして国内の各地を訪問されるなどお忙しい日々を過ごされました。
昨年に引き続き、沿道に集まった人々に柔らかな表情とお言葉でお声がけする姿が、TikTokやXなどのSNSで投稿されていました。
そしてニュースで使用される映像を見てみても、そのどちらからも笑顔の花々が咲いていました。
特に印象的だったのは”子どもたち”との笑顔でした。
静岡県を訪問された際、御殿場市内の認定こども園で園児らと交流されたワンシーン。
佳子さまと手を合わせた園児は嬉しそうに飛び跳ねます。
次の男の子は満面の笑みで。
女の子は佳子さまのワンピースに興味を示しているところにお声がけされると、笑顔があふれて飛び跳ねていました。
岐阜県では、子どもらと遊具で交流され、
穴からお顔を出されるなど、あたたかく親しみのにじむシーンもありました。
そんな佳子さまが咲かせた「笑顔」を含めた1年の全記録をご覧ください。
<前編>~新年祝賀の儀からブラジル公式訪問まで
<後編>~ブラジル公式訪問後から最新映像まで
2025年12月29日 ANNnewsCH
12月29日、秋篠宮家の佳子内親王殿下が31歳のお誕生日を迎えられた。佳子さまにとって、2025年は30代になってはじめての1年となったが、そのご活動やご様子を振り返ると、ひとつのキーワードが浮かび上がる。「変化」。すなわち、ご公務への姿勢、ご結婚を巡ってのお考えのありよう、そして母・紀子妃殿下とのご関係において、昨年とはお振る舞いが大きく変わっているように見受けられるのだ。プリンセスにどのようなご心境の変化があったのか。「週刊新潮」ではこの1年、折々の記事で分析し続けている。お誕生日を機にそれを振り返ってみよう。
【前後編の前編】
過密スケジュール
今年は佳子さまにとって、ご多忙の一年だった。地方への泊まりがけのご公務を挙げるだけでも、石川、岐阜、静岡、広島、鳥取、香川、滋賀、京都の各県をご訪問。8月には大阪・関西万博をご視察になり、9月には弟君の悠仁さまの成年式に伴う一連の行事に出席された。国内だけではなく、6月には2週間にわたってブラジルをご訪問。もちろん日帰りの公務も多数こなされた。あまりのハードさに週刊誌には「過密スケジュール」「類例のない公務数」との見出しも踊ったほどだ。
皇室離脱願望
そうした精力的なお姿の裏で、佳子さまのお心の中に起きていたと見られる「変化」とは何か。一つ目は、「結婚」を巡るお考えである。
「週刊新潮」(2025年1月2・9日号)はその動きを詳報している。
もともと佳子さまに皇室離脱願望があることはよく知られていた。かつて「週刊新潮」は、紀子妃と口論された際、佳子さまがご自身について、「籠の鳥」同然の不自由な暮らしを送っている、と嘆かれていたことを報じている。現在、両殿下と悠仁さまが住まわれる秋篠宮邸ではなく、分室で佳子さまがお一人で暮らされているのも、周囲からは皇室からお出になるためと見られているのだ。
先の記事によれば、今もその決意に揺らぎはなく、秋篠宮家の事情を知る関係者はこう証言している。
「最近の佳子さまは『皇室から出るには結婚するしかない』とも口になさるようになっています」
警視総監経験者が
しかし、一方で、大きな変化もあったという。
「佳子さまは、姉の眞子さんとは今でも頻繁に連絡を取り合っておられますが、小室さんとの結婚は国民に祝福されることなく、その結果、夫婦の動向は今も好奇の目にさらされている。さらには、皇室の儀式を経なかったこともあり、陛下が2022年2月のお誕生日会見で“多くの方に心配をおかけすることになったことを心苦しく思っています”と、異例の言及をなさるに至ったのです」
結果的に陛下のお心まで煩わせてしまったわけで、
「そのような結婚を現在、佳子さまは懐疑的に捉えておられ、“私の時は国民に納得してもらえる結婚でなければ”と、内親王というお立場の重みを実感されているご様子がうかがえます」
肝心のお相手選びについても、
「眞子さん任せにしていた前回の“教訓”から、両殿下だけでなく佳子さまも、お相手選びには慎重になられています。小室さんの時には一切行われなかった“身体検査”についても今後は、共に警視総監経験者である西村泰彦宮内庁長官(当時)と吉田尚正・皇嗣職大夫の人脈を駆使しつつ、お相手が浮上した際には万全の態勢でチェックを施す運びとなっています」
マイナスのイメージを払拭する
こうした「お立場の重み」を意識なさる姿勢は、次なる“変化”にも共通している。2025年の佳子さまがご公務に「超ご多忙」だったことは先に述べた通りだ。佳子さまは、実は2024年も国内外で134件のご公務に取り組まれたが、これはその前年より20件近くも多い数字だった。
6月のブラジル訪問の際には、あまりにお疲れになられたのか、現地での移動の飛行機の座席でお休みに。その「寝顔動画」が30代の日系ブラジル人女性に撮影され、現地で報道、SNSでも拡散されてしまうという受難に遭われた。
こうした積極的なご公務への姿勢の原因を分析しているのは、「週刊新潮」2025年5月29日号。この中で、さる宮内庁関係者が述べている。
「(佳子さまは)眞子さんから引き継がれたご公務のほか、手話や障害者との交流などといったライフワークの活動も継続され、愛子さまとともに女性皇族の中で際立つ存在感を見せておられます。佳子さまご自身、いまはご結婚よりもご公務を優先なさっている印象で、何かご心境に変化があったのではといわれています」
そのご心中についてはこう推察する。
「秋篠宮家に対する世間の厳しい声について、佳子さまが心を痛めておられるのは事実です。ご公務に励まれることで、結果的に“秋篠宮家に対するマイナスのイメージを払拭する一助になれば”との思いを秘められているのではないでしょうか」
社会への影響を意識
一方で、別の理由を推測していたのは、宮内庁担当記者。
「昨年10月、ガールスカウトのイベント『ガールズメッセ2024』に参加された際、佳子さまが“ジェンダー平等”を望む発言をされて話題になりました。2年前に東北大(仙台市)で開かれた女子大学生誕生110周年を祝う式典に出席された際にも、日本で理工系の女子学生が少ない現状に言及され、反響を呼びました。ご自身の言動が社会に与える影響などを実感し、皇族としてのご自覚をより強く意識され始めたように映ります」
大学ご卒業後、進学も就職もされない期間がしばらく続き、「ロイヤルニート」などという口さがない批判の声にさらされることもあった頃の佳子さまからは、想像もできないご活躍ぶりなのである。
(後編に続く)
2025年12月29日 デイリー新潮
「佳子さま」31歳 「紀子妃」をフォロー、“一緒のお出まし”も増加した“ご心境の変化”
秋篠宮家の佳子内親王殿下が12月29日、31歳のお誕生日を迎えられた。佳子さまには、この1年、さまざまな面で大きな変化が見受けられたとの指摘がある。ご公務への姿勢と、ご結婚を巡ってのお考え方のありようについて詳述した【前編】に続き、【後編】では、これまで折り合いがよろしくないとされてきた母・紀子妃殿下とのご関係の変化について詳報する。母君に容赦ないお言葉を浴びせられた職員に対し、佳子さまがかけられたお言葉とは――。
【前後編の後編】
苛烈なお言葉
今年9月、秋篠宮家の悠仁親王殿下が成年式を迎えられた。今年の皇室にとって最大の慶事であり、そのための準備は多忙を極めたという。
「週刊新潮」2025年7月31日号では、その様子について詳報している。
準備にご多忙な中、ご一家を切り盛りなさる紀子妃は、宮邸で日々の業務にあたる職員らに、ご指導が熱を帯びて苛烈なお言葉を投げかけられることもあったという。
さる宮内庁関係者は当時、こう証言している。
「成年式が近づくにつれ準備の作業は慌ただしくなっていきます。宮邸でも紀子さまが中心となって職員らに業務を割り振られており、ご自身が目標として定めた期限が近づくにつれ、『あれはどうなっていますか』と、しびれを切らされたご様子のお尋ねが目立っています。もし職員が『まだ目途が立たないのですが』などと答えようものなら『期日を決めたはずでしょう。何をしているのですか』と、容赦のないお言葉が浴びせられるのです」
こうした場面は、日を追うごとに増えているといい、
「紀子さまからすれば、ご自身が全体のディレクションを執らなければ何も始まらない、といった責任感に基づくお振る舞いなのでしょう。ですが当の職員らにしてみれば、いつ呼ばれてご指導を受けるのかと気が気でない。日々のモチベーションにも影響が出かねません」(前出の宮内庁関係者)
周囲の労をねぎらっておられる
秋篠宮家が皇室屈指の“ご難場”と言われてきたゆえんである。
こうした紀子妃のお振る舞いと、長きにわたって接してこられたのが佳子さま。秋篠宮家の事情を知る関係者によれば、
「佳子さまも10年ほど前までは、趣味のダンスや普段のお召し物を巡って紀子さまと激しく口論されることがありました。眞子さんの結婚に際しては一貫して姉上を支持され、そのことで紀子さまとの間に溝が生じることになりましたが、そうした時期を経て現在は達観されたご様子です」
そして、
「職員らの日頃の大変さもよくご存じで、“母はあのように周囲と接するのが難しい部分もありますので……”などと仰り、周囲の労をねぎらっておられます」
非常に珍しいケース
こうした母君との関係性の変化の現れなのか、佳子さまと紀子さまは、この夏以降、ご一緒でのお出ましが増えた。
「週刊新潮」2025年10月2日号で、宮内庁関係者が述べている。
「紀子さまと佳子さまは8月10日から私的旅行で広島県を訪問されました。戦後80年の節目にあたり、直前の7月下旬には原爆犠牲者慰霊のため、ご夫妻で広島を訪問なさっている。そこから間を置かず同じ県に連れ立って“ご旅行”されるというので、庁内でも臆測が飛び交ったのです」
さらに、
「10月2日からは1泊2日の日程で、香川県を訪問されます。10年から3年おきに開催されている『瀬戸内国際芸術祭』を視察されるのです」(宮内庁担当記者)
この催しには、寛仁親王妃信子さまが16年から4回続けてお成りになっており、
「これまで他の皇族方のご視察はありません。こうした行事に、皇嗣家からお二方がおそろいでお出ましになること自体、非常に珍しいケースだといえます」(同)
“不仲である”という印象を打ち消す
これまで折り合いがよろしくないとされてきたお二方が、行動を共にされる機会が増える。秋篠宮家にとって喜ばしいことには違いない。これについて、宮内庁OBの皇室解説者は述べている。
「悠仁親王殿下のご成長を思えば、秋篠宮家に対する世間の悪い印象に紀子妃殿下が心を痛めておられるのは理解できます。“ご一家は不仲である”といった印象なども打ち消したいと願われていることでしょう」
そして、その願いを受け止めているのが佳子さまというわけだ。
「母に寄り添うことで、一家のマイナスイメージが少しでも軽減できるなら――いずれ皇室を離れる身である佳子内親王殿下も30歳となられ、こういった心境の変化が母娘でのお出ましとして表れているのだと思います」
2025年、佳子さまに見受けられた大きなお変りよう。そのお心の中には何があったのか。そして31歳となられて迎える2026年は、果たしてどのような一年をお過ごしになられるのだろうか。
2025年12月29日 デイリー新潮


秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまが31歳のお誕生日を迎えられた。姉の小室眞子さんは30歳で結婚したが、佳子さまはいまだ、その具体的な動きは報じられていない。
2019年3月、佳子さまは国際基督教大学を卒業される際、
「(相手がいるかについては)今後も含めお答えするつもりはございません」
ときっぱり綴り、私生活への踏み込みに一定の線を引かれた。
それでも以後も、お相手候補のウワサは常に週刊誌やネットニュースを賑わせ、結婚は近いのではないかと話題になったこともあった。
今、佳子さまの結婚はどこまで進んでいるのだろうか。
皇室の方々のご結婚は、祝福と関心が同時に集まる一方で、当事者の私生活が過度に消費されやすいテーマでもある。
ただ気になるのは、ここしばらく、佳子さまのご結婚をめぐって、具体的なお相手の話が出てこなくなった点だ。小室眞子さんの結婚の時のように、激しい批判の嵐にならないよう、深い水面下の奥で慎重に事が運ばれているかもしれない。もし仮に発表があるなら、事前の情報がほとんど出ないまま、然るべき段階で発表される形になるのではないだろうか。
先月30日、秋篠宮さまは60歳のお誕生日に際し、記者会見で佳子さまのご結婚について質問され、
「結婚については特にありません」
とお答えになった。この秋篠宮さまのご発言からは、結婚の進捗状況について窺い知ることはできない。「全く出会いがない」「進展していても、まだ発表できる段階ではない」なのか、結婚への進展の有無や背景は、外部からは確かめようがない。
31歳の節目に、佳子さまのご健康と穏やかな歩みを心から願いたい。
2025年12月29日 ヤフー つげのり子


2025年8月11日、広島の平和記念公園に静かな雨が降り注いでいた。傘を差しながら慰霊碑に向かう秋篠宮妃紀子さまと佳子さまの姿があった。母が娘に、娘が母に、互いに傘を差し出し合い、相手を雨から守ろうとするしぐさ。そこには、かつて宮内庁関係者が「あいさつすらされない時期があった」と明かす、冷え切った母娘の面影はもうなかった。
「髪形まで似せていらして、母娘で息の合った姿を見せられていました。あれは偶然ではないでしょう。紀子さまが意識的に佳子さまに寄り添おうとされている証です」(皇室記者)
12月29日に31歳の誕生日を迎えられた秋篠宮家の佳子さま。長らく距離を置いてこられた母・紀子さまとの関係が、いま静かに変わり始めている。長女・眞子さんとの心の断絶、悠仁さまの親離れ、そして佳子さまとのすきま風……心労が絶えなかった紀子さま。昨年は体調不調が続き、通常の食事がとれない時期もあった。その背景には、「民間出身の妃」として皇族を育てるプレッシャーと、「普通の母親」として子どもたちを理解したいという葛藤があったのだろう。
冒頭の広島訪問を皮切りに、お二人は10月2日から3日にかけて香川県でも公務を共にされた。わずか2カ月の間に、母娘だけでの地方訪問が2回。佳子さまがまだ学生だった2017年ごろから続く“冬の時代”を思えば、考えられない頻度である。
当時、秋篠宮家では紀子さまと娘たちの関係が著しく悪化していた。発端は、紀子さまの厳格な教育方針にあったとされる。
「紀子さまは、お子さまがたに『皇族としての自覚』を徹底的に求められました。特に佳子さまには厳しく、高校時代に熱中されていたヒップホップダンスにも難色を示された。『あのような派手な衣装で激しく踊るのは、皇族としていかがなものか』と」(宮内庁関係者)
細かな注意が積み重なり、佳子さまは次第に母との会話を避けるようになっていった。
決定的な亀裂が生じたのは、2017年9月、姉・眞子さんの婚約内定だった。小室圭さんとの結婚に慎重な姿勢を示される紀子さまに対し、佳子さまは明確に姉を支持された。
「あの頃の秋篠宮家は、両親と娘たちで完全に分断されていました。佳子さまと紀子さまは同じ屋根の下にいながら、ほとんど言葉を交わされない日々が続いていたのです」
■「お母さまが間違っていますよ」
前出の宮内庁関係者は、当時の緊張感を今も覚えているという。娘たちの信頼を失った紀子さまは、どれほど苦しんでおられたのだろうか。
今年5月30日、宮内庁は眞子さんが第一子を出産されたと発表した。紀子さまにとっては初めての孫だった。しかし、眞子さんは渡米以来一度も帰国されておらず、紀子さまには喜びと同時に、寂しさも感じられたに違いない。
9月11日、59歳の誕生日を迎えられた紀子さまの文書回答には、初孫への思いがつづられていた。
《今年の春に孫が誕生したことを、家族そろって大変うれしく思っています。自分がそのような年齢になったのかと不思議な気持ちになりました。どのような名前で呼んでもらおうかしらと考えたり》
《孫が少しずつ遠出できるようになり、旅行をすることに慣れてから、よいタイミングで日本を訪れてくれたらと思っています》
この紀子さまの文書について、皇室ジャーナリストはこう指摘する。
「『日本を訪れてくれたらと思っています』という表現に、まだ会えていないことへの切なさがにじんでいます。厳しく育てすぎた結果、長女とは心が離れてしまった。その後悔が、紀子さまを変えたと思われます」
11月30日の秋篠宮さま60歳の誕生日会見でも、初孫について「日本に来る機会があれば、ぜひ会いたい」と述べられている。しかし、眞子さんの帰国予定は今のところない。
また、一人息子の悠仁さまは4月に筑波大学に進学されたが、入学式に紀子さまの姿はなかった。すでに悠仁さまはつくば市内で同級生と食事をされたり、女子学生と談笑されたりと、大学生活を謳歌されているようだ。
「保護者は2名まで入学式に出席可能でしたが、悠仁さまが『もう来なくていい』とおっしゃったのでしょう。親離れの始まりです」(皇室記者)
さらにそれを加速させたのは、9月の成年式。週刊誌報道によれば、式の準備で紀子さまが職員に細かく指示を出される場面で、悠仁さまが「お母さまが間違っていますよ」と進言されたという。
「これが本当なら、これまで母の言うことに従ってこられた悠仁さまが、初めて異を唱えられたのです。紀子さまにとって、相当ショックだったはずです。過去に眞子さんや佳子さまに対して過度に関与しすぎたことで、関係が悪化したご経験がある紀子さまにとって、悠仁さまとは同じ轍(てつ)を踏みたくないと思われたのでしょう」(宮内庁関係者)
■「皇族らしさ」より「母娘の時間」
一方、佳子さまにも変化があった。昨年、眞子さんが結婚された年齢と同じ30歳を迎えてからは、さらに多くの公務をこなされた。この1年、佳子さまは134件の公務を果たされ、前年より約20件増えた。全日本ろうあ連盟での勤務も、当初の週3日勤務をテレワークも含めた週2日に切り替えられた。
「佳子さまの活動範囲が広がり、社会的な視野も広がるにつれ、紀子さまは焦りを感じられたのでしょう。『このままでは佳子さまも(自分から)離れていってしまう』と」(皇室記者)
こうした思いがあった中での8月の広島、10月の香川の母娘公務は、紀子さまの母としての「方針転換」を象徴していた。
「これまで紀子さまは、公務でも佳子さまに『こうあるべき』という姿勢を示されることが多かった。しかし広島・香川では違いました。佳子さまの意見を尊重され、対等な関係で行動されていました。まるで友人同士のようでした」
同行した関係者は、お二人の自然な笑顔に驚いたという。広島ではミュージカルを一緒に鑑賞され、香川では現代アートを二人で語り合われた。紀子さまが「皇族らしさ」より「母娘の時間」を優先されたことは、明らかだった。
「佳子さまは、次代の天皇家を支える立場として、皇室全体を見渡すようになられた。そうした成熟が、母への理解につながったのでしょう。母も完璧ではない、重圧の中で必死だった、そう気づかれたのだと思います」(皇室記者)
佳子さまの結婚をめぐっては、皇室に残られるのか、それともご結婚されて皇籍を離脱されるのか、その選択は、紀子さまにとっても重要な意味を持つ。
「ただ、今の紀子さまは、『皇族の母』としてではなく、ひとりの『母親』として娘に寄り添おうとされているように見えます。眞子さんとの関係を修復できなかった後悔が、佳子さまとの関係を見つめ直すきっかけになったのでしょう」(皇室ジャーナリスト)
10年以上続いた母娘の「冬の時代」が、静かに終わろうとしている。雨の広島で見せた母娘の姿は、紀子さまと佳子さまの新たな関係の始まりを告げている。
2025年12月29日 アエラ デジタル



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