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愛子さま三重県訪問

天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは、伊勢神宮で20年に一度行われる「式年遷宮」に向けた伝統行事に出席するため、三重を訪問されます。

愛子さまの伊勢神宮訪問は約2年ぶり。

当ブログでは、その様子を速報します。

情報は随時更新されます。

目次

三重県へ向け出発(1日目)

愛子さま 三重県に出発 伊勢神宮の20年サイクル行事「お木曳」出席へ

天皇皇后両陛下の長女・愛子さまが伊勢神宮の行事に出席するため、三重県に出発されました。

愛子さまは先ほど午前11時すぎ、皇居を出発し、笑顔で会釈されました。

伊勢神宮周辺では20年に1度行われる「式年遷宮」に向けたさまざまな行事が行われていて、愛子さまはあす、木材を運び入れる「お木曳」を視察されます。前回行われた2007年には、皇太子時代の天皇陛下が地元住民らとともに参加されていて、愛子さまにとっては今回が初めての出席となります。

愛子さまが三重県を訪問するのは、おととし、大学卒業と就職にあたって伊勢神宮を参拝されて以来です。

2026年8月1日 TBS NEWS DIG

三重県に到着(1日目)

愛子さま三重県伊勢市に到着

天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは伊勢神宮の「式年遷宮」に向けての伝統行事「御木曳行事」視察のため1日、2日と三重県を訪問されます。先ほど、伊勢市に到着されました。

愛子さまは午後3時すぎ、新幹線と近鉄を利用し、三重県伊勢市の宇治山田駅に到着されました。

愛子さまは駅のホームで三重県の一見知事らから出迎えを受け、にこやかに応じられました。

愛子さまの三重県訪問は3度目となります。

今回の訪問は、伊勢神宮の「式年遷宮」に向けての伝統行事「御木曳行事」を視察されるためです。

「式年遷宮」は20年に一度、社殿や神宝を新たにし、神を新宮へ遷(うつ)す伊勢神宮最大の祭りで中心行事の「遷御」は2033年に行われます。

そして愛子さまが、宇治山田駅の駅前ロータリーに姿をみせられました。

愛子さまはこの後、「式年遷宮」で使用する木材や萱の保管や加工などを行う山田工作場を視察されます。

その後、鳥羽市に移動し、県政概要について説明を受けたあと鳥羽水族館を視察される予定です。

2日は、伊勢神宮を訪れ、外宮を参拝したあと、皇室の祖先とされる「天照大神」がまつられた内宮を参拝されます。

午後には、「御木曳行事」のうち、社殿の建て替えに使われる木材を近くを流れる五十鈴川を遡り、内宮に運ぶ行事「川曳」をご覧になります。

愛子さまは、その後、式年遷宮などについて展示する神宮徴古館を視察し、帰京される予定です。

愛子さまは2014年に、天皇皇后両陛下とともに初めて伊勢神宮を参拝し、2024年、学習院大学を卒業し、日本赤十字社に就職する報告のため初めて一人で参拝されていて、今回が3度目の参拝となります。

2026年8月1日 日テレNEWS

伊勢神宮「式年遷宮」使用木材の作業所を視察(1日目)

愛子さま伊勢神宮「式年遷宮」使用木材の作業所を視察

天皇皇后両陛下の長女愛子さまは1日午後、伊勢市に到着し、伊勢神宮の「式年遷宮」で使われる木材の加工や保管を担う山田工作場を視察されました。

1日午後、三重県に到着した愛子さまは午後4時前、山田工作場を訪問されました。ここでは20年に一度、社殿などを建て替え神を遷す伊勢神宮最大のお祭り「式年遷宮」で使われる木材の加工や保管が行われています。

愛子さまは、伊勢神宮の神宮大宮司久邇朝尊さんなどの出迎えを受けられます。

そしてこちらは山田工作場の製材棟にある、墨掛場と呼ばれる場所です。

愛子さまは、木材の構造を読み解き、木目の切れなどに墨で印を付ける「墨掛け」について説明を受けられています。

愛子さまはこの後、鳥羽市に移動し、県政概要の説明を受けたあと、飼育種類数が1200種類と日本一の「鳥羽水族館」で国内で唯一飼育されているジュゴンやラッコをご覧になります。

2日は伊勢神宮を訪れ、外宮で参拝したあと、皇室の祖先とされる「天照大神」がまつられた内宮を参拝されます。

午後には、2033年に行われる「式年遷宮」に向けての伝統行事「御木曳行事」を視察されます。

近くを流れる五十鈴川では、社殿の建て替えに使われる木材を川の水流を使って内宮に運ぶ行事「川曳」が行われるのを視察し、その後、内宮の参道では行事に参加される予定です。

2007年に皇太子時代の天皇陛下が「川曳」を視察された際は、はっぴ姿で参加する場面も見られました。

その後、式年遷宮などについて展示する神宮徴古館を視察し、帰京されます。

愛子さまは、2014年に天皇皇后両陛下とともに初めて伊勢神宮を参拝し、2024年、学習院大学を卒業し、日本赤十字社に就職する報告のため初めて一人で参拝されていて、今回が3度目の参拝となります。

2026年8月1日 日テレNEWS

愛子さま三重県入り クリーム色の装いで集まった人たちに笑顔で手を振られる

天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは、伊勢神宮の伝統行事に出席するため、三重県に入られました。

午後3時過ぎ、愛子さまは、近鉄宇治山田駅に到着し、三重県知事などの出迎えを受けられました。

猛暑のなか、駅前には多くの人が集まり、愛子さまは笑顔で手を振られました。

愛子さまは小学生の頃、伊勢神宮で20年に一度行われる「式年遷宮」について関心を持ち、放送委員として自ら原稿を書いて放送した経験もあります。

愛子さまは「式年遷宮」で使用される木材を見学し、柱などを切り出すために墨で印をつける技術について説明を受け、「墨で書くのは難しいですか」などと尋ねられました。

また、屋根を葺くススキの束を実際に持ち「軽いものなんですね」と話されたということです。

愛子さまは2日、「式年遷宮」に伴う伝統行事「御木曳」を見学されます。

2026年8月1日 FNNプライムオンライン

「式年遷宮」とは

式年遷宮とは

<20年に一度行われるわが国最大のお祭り>

式年遷宮の「式年」とは定められた年を、「遷宮」とは宮を遷すことを意味します。

神宮には内宮にも外宮にもそれぞれ東と西に同じ広さの敷地があり、式年遷宮は20年に一度、社殿や御装束おんしょうぞく神宝しんぽうをはじめ全てを新しくして、大御神に新宮にいみやへお遷りいただくわが国最大のお祭りです。

第63回の式年遷宮は令和15年秋の最も重要な儀式「遷御せんぎょの儀」に向け、令和7年より関連のお祭りと行事が始まります。

<古の精神と技が未来にわたり生き続ける>

1300年にわたり繰り返されてきた式年遷宮は、古くからのならわしのまま、20年に一度造り替えられる常にみずみずしいご社殿で、永遠に変わらないお祭りが行われることに大きな意義があります。

式年遷宮を行うことで、神宮は最も古く、最も新しく生き続けるのです。

<魅力と見どころ>

内宮外宮の正宮をはじめ、14所の別宮や宇治橋なども造り替えられる式年遷宮は、古くから国を挙げての重要な儀式として行われ、天皇陛下のあつおぼしのもと、国家と国民の平安がお祈りされてきました。

式年遷宮の制度は第40代天武てんむ天皇のご宿願により始まり、次の持統じとう天皇4年(690)に第1回が行われました。

一時の中断はあったものの、これまで20年に一度、1300年にわたり繰り返し行われ、平成25年(2013)で62回を数えました。遥かなる飛鳥時代より続く無双の神事です。

<新旧のご社殿>

式年遷宮の準備は8年余りかけて行われ、必要な木材(御用材)に関わる「御神木のお祭り」が約3年続いたあと、ご社殿を造営する「社殿建築のお祭り」が始まります。

東西の御敷地に新旧の社殿が立ち並ぶのは、式年遷宮でしか目にすることができない貴重な光景です。

宮大工たちの匠の技により、真新しい社殿が徐々にその荘厳な姿を現す様子はまさに圧巻です。

<約30のお祭り>

式年遷宮のお祭りは、御用材に関連する「御神木のお祭り」、新しい御敷地に社殿を造営する「社殿建築のお祭り」、大御神を新殿にお遷しするための「神遷しのお祭り」の大きく3つに分けられます。

遷宮の始まりを告げる令和7年の山口祭やまぐちさいをはじめ、遷宮の諸祭の中には、お祭りの一部を参道から奉拝できるものもあります。

いずれも1300年の時を越え受け継がれてきた大切なお祭りです。

<盛大な伝統行事>

伊勢の住民(旧神領民)が中心となり、式年遷宮を奉祝する賑やかな民俗行事も数多く開催されます

御木曳おきひき行事」では内宮は木ソリに乗せた御用材を五十鈴川の中を曳いてお運びし、外宮は奉曳車に乗せて陸路で奉納します。

各奉曳団の揃いの衣装とのぼり旗に彩られ、「エンヤ!」の威勢のよい掛け声と木遣り唄が響いて、伊勢の町は活気と笑顔に満ち溢れます。

<宇治橋も架替え>

第59回式年遷宮以来、遷宮の4年前に架け替えされるのが恒例となっており、令和11年秋に宇治橋渡始式うじばしわたりはじめしきが行われます。

<御装束・神宝>

式年遷宮では社殿を造り替えるだけでなく、大御神の衣服や服飾品などの「御装束おんしょうぞく」、武具、楽器、文具や日用品などの「神宝しんぽう」をすべて新しく作り替え、奉納します。その種類は714種、1576点にのぼります。

奈良・平安時代の文化と技術を現代に伝える御装束神宝の制作は、その時代随一の美術工芸家により作られてきました。守り伝えられてきた技と心は、例えようのない美しさと輝きを放っています。

呉錦御衣(くれにしきのみぞ)・御高機(おんたかはた)・菅御笠(すげのおんかさ)

御装束神宝は20年間御正殿に納められた後、さらに新宮の西宝殿で20年間保存されます。つまり奉納された神宝が役目を終えるのは40年後になり、また次代へ脈々と受け継がれていきます。

大御神に捧げられる御装束神宝の調製工程品についてはせんぐう館で見ることができます。

<未来へつなぐ意義>

日本のはじまりを象徴

神宮の社殿は、「神明造しんめいづくり」という建築様式で、萱葺かやぶきの屋根と掘立ほったて柱が特徴です。奈良の大寺院などのように非常に高い建築技術があったにもかかわらず、あえて建て替えし続けることによりこの様式を残そうとしました。

その背景には、日本が稲作を中心として国家を形作ってきた事実があるのでしょう。この高床式穀倉の姿を今に伝えているのは神宮だけです。

すなわち神宮の社殿は日本のはじまりを象徴し、それを永遠に伝える役割を担っているともいえるのです。

古から現代、そして未来へ

石造りで耐久性があるはずの建物は時とともに遺跡となり風化する一方、木でできた神宮の社殿は古い形を保ちながら常に若々しい姿を見せています。神々には常に美しくみずみずしい社殿におしずまりいただきたいという古代の人々の願いが、式年遷宮には込められているのです。

生活様式が飛躍的に変化する中で、技術伝承者や材料の減少が危惧されています。それでも日本の歴史や先人たちの心などは、決して捨て去ることはできません。

未来に残さなければならないものを守り続ける。それは変えること以上に難しく、大切なことなのです。

神宮のサステナビリティ

2000年以上にわたり、大切に育み守られてきた神宮の森。伊勢市の4分の1を占めるこの森は一般的には「神宮林」と呼ばれます。200年後には式年遷宮で利用する御用材を自給しようという「森林経営計画」が大正12年から実施され、未来の式年遷宮を支える役割を担っています。

式年遷宮に必要な木材(御用材)は約8500㎥。中には直径1メートル余り、樹齢400年以上の巨木も用いられます。

62回目の遷宮では約700年ぶりに御造営用材ごぞうえいようざいの一部分を供給することができました。

再生と永遠の循環

遷宮で使用された古材は、全国の神社に譲り渡されたり、移築したりして活用されます。

内宮・外宮御正殿の棟持柱むなもちばしらは宇治橋の鳥居として再利用されます。さらに20年たつと、鈴鹿峠のふもとの「せき追分おいわけ」、桑名の「七里しちりの渡わたし」の鳥居となり、正殿の棟持柱となって以来、60年のお勤めを果たしています。式年遷宮は木を伐り、木を植える再生のお祭りでもあります。

山や森の再生は数百年の時を経て甦り、新たな使命を神々から与えられ息づいています。その生命は大自然の摂理を謙虚に受け止めた人の手を入れることによって永遠に循環するのです。

神宮の循環型システムは、古来自然とともに暮らし、感謝を捧げてきた日本人の営みそのものであり、神宮が「こころのふるさと」と呼ばれるゆえんです。

以上、「神宮(伊勢神宮)ホームページより」

(太字、下線等はラベンダーによる)

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