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秋篠宮皇嗣殿下お誕生日

ラベンダー

こんにちは、ラベンダーです。

11月30日、60歳のお誕生日を迎えられた秋篠宮殿下。

還暦のご感想について

「今度、還暦を迎えるわけですけれども、私個人の中では、時間というのは連続しているものと認識していますので、還暦と言われても、干支(かんし)が一巡したんだなということと、そういう年齢になったんだなという感想があるくらいです。」

と述べられてます。

目次

ニュース動画

“還暦”を迎えられた秋篠宮さま 平和、ご家族への思いを会見で

秋篠宮さまが「還暦」、60歳の誕生日を迎えられました。誕生日に際し会見に臨まれた秋篠宮さまは、長女の小室眞子さんが第1子を出産したことについて「とてもうれしい気持ちになったと同時に、おじいさんになったんだなという若干複雑な思いもした」と明かし、孫との面会については、「もし日本に来る機会があればぜひ会いたいと思います」などと述べられました。この会見の様子を配信します。

2025年11月30日 テレビ朝日

【秋篠宮さま 60歳の誕生日】記者会見ノーカット配信

秋篠宮さまが11月30日、60歳の誕生日を迎えられました。
誕生日に先立った行われた記者会見を、ノーカットでお送りします。

令和7年秋篠宮皇嗣殿下お誕生日に際してのご近影

お写真(宮内庁公式)
ビデオ(宮内庁公式)

秋篠宮皇嗣殿下の記者会見

問1 殿下は還暦を迎えられます。ご感想はいかがでしょうか。今年は戦後80年の節目にもあたり、ご一家で戦争の記憶に向き合われました。次代への平和の継承をどうお考えですか。国内外で印象に残った出来事と合わせてお聞かせください。

記者

まずは、還暦のご感想についてお願いいたします。

殿下

今度、還暦を迎えるわけですけれども、私個人の中では、時間というのは連続しているものと認識していますので、還暦と言われても、干支(かんし)が一巡したんだなということと、そういう年齢になったんだなという感想があるくらいです。

記者

続きまして、ご一家で戦争の記憶に向き合われたこと、また次代への平和の継承についてのお考えをお聞かせください。

殿下

そうですね。私がまだ子供だった頃、もう50年ぐらい前になりますけれども、その頃は周りに戦争に行ったことがある人とか、それから大人にはなってないけれども、戦争の経験が有る人というのは結構多くいました。

ですから、日常の会話の中でも、戦争のことについての話が出ることはありましたし、学校の授業でも、そういう話を聞く機会が比較的多かったと思います。

ただ、それから半世紀ぐらい(た)って、段々とそういう実際に体験した人の話を聞く機会というのは難しくなってきていると思います。

特に、記憶に残っている年齢の時に戦争を体験した人は、もうかなり高齢になってきていますので、その点でも、なかなかそういう機会が持てなくなっているんだと思います。

ただ、そういう今の時期ではありますけれども、まだ話してくれる人もいますし、そういう人たちから話を聞くだとか、それから関連する展示を見学するとか、また、書籍などから知識を得るなどして、一人一人が平和のことについて考えていくということが大切になっているのではないかと思います。

今の若い世代の人たちの平和の継承という意味では、今年の夏に広島に行った時のことが思い起こされます。広島に行って平和都市記念碑に花を手向けた後に、平和記念資料館で平和な世界の実現のために学習し、活動している人たちと会う機会がありました。

戦争とか核兵器について多くのことを学びながら、そのことを国内外の同世代の人たちと共有し、さらに、国際的な視野を持ちながら課題に取り組んだり、活動している姿を大変頼もしく思いました。

その時に会った人の中で記憶の解凍というプロジェクトを行っている人ともお話をする機会がありました。これは戦前のまだ普通の暮らしがあった時の様子、それから戦争の時の様子、その頃の写真に彩色をしているというものですけれども、その当時ですから、当然モノクロームの写真になります。

それに、AIで彩色を最初施して、今度はその写真の提供者などと対話を重ねながら、手作業で色を補正して、それで1枚のカラー写真を作り上げるという、かなり地道な作業なわけですけれども、それについての説明を聞きました。

実際に写真を見せてもらい、また写真集も見せていただいたわけですけれども、それを見ると、モノクロームの写真、確かに写真ではあるわけなんですけれども、今の時代と過去の時代というのは、途中で途切れている印象があるんですね。

それが彩色を施してカラー写真になることによって、つながった状態、つまり自分にとって身近な所で起こっていたことという感覚を持てる、そのことが私にとっても新たな発見だったわけです。そして、その記憶の解凍プロジェクト、それからその前にお話しした人たちとの出会いを持って、平和の継承の在り方の一つの例を見たように思います。

記者

続いて、国内外で印象に残った出来事はいかがでしょうか。

殿下

国内外での印象に残った出来事というと、今の関連で言いますと、やはり戦後80年が(た)ったということがあると思います。この節目の年に当たり、いろいろな展示会ですとか催しが行われ、また報道などでも特集の記事が組まれたりしていました。

改めてそれらによって先の大戦へ思いを(は)せ、また今の平和な世の中が継続していることの大切さというものを考えるきっかけになったのではないかと思います。

ただ、この一方で、先の大戦のことについては、節目の年だけに思い起こせばいいというものではなくて、これが今年は80年ですけれども、81年であっても、82年であっても、折々に思い起こして、過去に学びながら、二度と同じことを繰り返してはいけないということを、一人一人が確認することが大事なのではないかと考えました。

今、日本は平和な状態が続いているわけですけれども、海外に目を向けると、いまだに各地で武力紛争が起こっております。

ロシアによるウクライナ侵攻は今も継続していますし、イスラエルとパレスチナの武力紛争は停戦に至ったものの、その合意が守られることが求められております。

各地の紛争で市民が犠牲になり続けていることには大変心が痛みます。早期に停戦にこぎ着け、そして、またその合意が守られることを願っています。

気候変動も、今年、この前までCOP30などが行われていましたけれども、話題になったことではないかと思います。

日本もかなり短い梅雨(つゆ)の後に、猛暑が来て、これは去年、一昨年を上回っているというふうに認識しております。

また、海外でも気候変動の影響によるものと思われる熱波であるとか、ヨーロッパで夏に熱波が、猛暑がありましたけれども、それから、パキスタン・インド北部での集中豪雨による洪水であるとか、テキサスでも洪水がありましたかね。

そのほか、最近ではフィリピンでも台風による被害がありました。そして、これは直接的な原因はまた別かとは思いますけれども、林野火災、南カリフォルニアでもありましたし、日本や韓国でも大きい林野火災がありました。このような今までと違う状況に接する機会というのが増えてきているように思います。

そして、この気候変動について言うと、その主たる要因というのが、人間活動によって排出されるCO2ですとか、メタンだとかの温室効果ガスと目されています。

これに対応するために、エネルギーシステムの変化、つまり社会システムの変化はもちろんのことですけれども、個人でできることもあると思います。

個人個人がそのようなことについての意識を持って、対応に尽力することも大切なことではないかなと思います。

また、大阪・関西万博が「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにして行われましたが、2,500万人以上の多くの来場者を得て、184日間という長い期間、大きな事故もなく幕を下ろせたことに安(ど)しております。

海外からの出展も多数ありました。それぞれの国のパビリオンやブースが自分の国の窓になって、多くの来場者がその地域を知る、また親しみを持つきっかけになったのではないかと思っております。

私もほんの一部ですけれども、それらのパビリオン、ブースを見学しましたが、そのどれも大変充実した内容だったと感じました。

お米の高騰も今年の印象に残ったことの一つかと思います。日本に暮らす人々にとって、お米というのは主食でありますので、それが高騰するということは、家計負担を直接増やすことにつながるので、影響が大きいと思います。

それから、今ニュースで見ない日がないと思える熊ですね。昨年もこの場で確か熊の話をしたように思います。

ただ、昨年の状況よりも更に今年は悪くなっているという印象です。熊自体の変化もあるのかもしれませんけれども、今後これをどういうふうにしていくのかというのは、やはり、その地域にいる人たちの安全に関わることですから、非常に大事なことだと思います。

個体数管理を徹底する。そのためには捕獲せざるを得ないこともありますでしょうし、又はゾーニングといいますか、熊の生息地と人が住んでいる場所との間の緩衝地帯の整備など、いろいろなことが考えられるのだと思いますけれども、とにかく人への被害が無くなることが、まず一番大事なことだと思います。その上で、熊と人が共存できるようになることを願っています。

あと、私にとって一つ悲しい出来事がありました。先月、タイのシリキット王太后陛下が崩御されました。

私は度々タイに行っておりますけれども、その時に御挨拶に伺うと、まるで遠方から家族が久しぶりに帰ってきたように接していただき、大変懐かしい思い出があります。

喜ばしいニュースも幾つかありました。ノーベル生理学・医学賞を坂口志文さんが、そしてノーベル化学賞を北川進さんが受賞されたということは大変喜ばしいことですし、日本の基礎研究が今後、今以上に発展することを願っています。

あと、大谷翔平さんが4度目ですか、3度連続、4度目のMVPに輝いたということも(うれ)しいニュースの一つでした。

あとは、世界陸上で日本の選手が活躍したことや、今まさに開催されているデフリンピック、明日まででありますけれども、そこでも日本の選手が非常に活躍している様子を(うれ)しく思いましたし、また、デフスポーツというものを私たちが知る、例えば、スタートの時に、音では聞こえないわけですから、それをランプの光で見せるとか、広くそのほかのことにも応用できるものがあるのだなということを私も認識しました。つつがなく閉会の時を迎えられることを願っております。印象に残ったことは以上でしょうか。

記者

ありがとうございます。

問2 悠仁さまは今年、殿下以来40年ぶりとなる成年式を迎えられました。式や準備の様子をご覧になり、成長の様子をどう感じられましたか。皇位継承順位第2位の成年皇族として、今後の活動への期待をお聞かせください。家庭や大学でのご様子について、具体的なエピソードもお教えください。

記者

まず、悠仁さまが40年ぶりの成年式を迎えられましたことについて、よろしくお願いいたします。

殿下

成年式が行われるのは40年ぶりということで、恐らくそれを支えてくれた宮内庁の職員も、いろいろと調べることがあって大変だったんだろうと思います。

長男の成年式に関係することですけれども、まず、私の中ではずっと小さいというイメージがあるんですね。

その長男が、成年は去年終わっているわけですけれども、もう成年式ということになると、時の流れの速さを感じました。

息子はかなり入念に成年式の準備をしていたようです。

式自体と共に、その後、賢所でも参拝があり、そういうときの所作などを何度も稽古していました。私はその期間の様子、それから成年式当日の様子を見ながら、大人になったんだなと感じました。

記者

続いて、皇位継承順位第2位の成年皇族として、悠仁さまの今後の活動への期待をお聞かせください。

殿下

今はまだ大学生ですので、公的な場面に出る機会というのは、それほど多くなく、限られたものであります。

まだこの状態がしばらく続くわけでありますけれども、そういう時期ではあっても、これはいつも同じことを私は言っているように思いますが、出席する場合、その一つ一つを大切に思いながら、丁寧に取り組んでほしいと思っています。

記者

家庭や大学でのご様子について、具体的なエピソードもお教えください。

殿下

まず家庭ですけれども、家庭では私の良き話し相手になってくれています。エピソードというほどのものではないかもしれませんけれども、割と最近では、一緒に稲刈りをしたりしました。

また、大学での様子ですけれども、私は大学での様子はあまり知らないんですが、話をしていると、かなり充実した大学生活を送っているようで、そのことを(うれ)しく思っています。

また、大学でのエピソードというのも、私はよく知りませんけれども、少し関連することとして、今、東京にいるときもありますけれど、つくばの方に泊まっていることもあります。

それでどうも自炊をしているようなんですね。

それでいつだったか、少し前ですけれども、庭の畑で採れた野菜を持って行ってポテトサラダを作ったりとか、それからまた、栗御飯を作ったなどというその時の写真が、メッセージと共に送られてきました。それぐらいでしょうかね。

問3 ご家族について伺います。結婚35周年を迎えた紀子さまへの思いや、最近のご夫婦でのエピソード、精力的に公的な活動に取り組まれる佳子さまのご様子をどうご覧になりますか。佳子さまのご結婚について話し合われていることはあるでしょうか。小室眞子さんは第一子を出産しました。第一報を聞いた際の気持ちや、今後の面会についてのお考えをお聞かせください。上皇ご夫妻の最近のご様子はどうご覧になっていますか。

記者

まず、紀子さまへの思いをお聞かせいただけますでしょうか。

殿下

結婚してもう35年(た)つのだなと、今の話を聞いて思いましたけれども、この35年の間、このわがままな夫をよく支えてくれていて、感謝しています。

今、妻は、私から見ると公私共に充実した時期のようで、いろいろな公的な場面もそうですけれども、私的にもいろいろな活動をしており、そのことを(うれ)しく思いながら見ています。

夫婦でのエピソードですが、私たちというか、特に私なのですけれども、どうしても運動不足になりがちなものですから、週末などはできるだけ一緒に散歩をするようにしています。

また、秋に二人で日光を訪ねました。少し早い紅葉を楽しんだり、昔一緒に行った所を訪ねてみたりなどして、ゆったりとした時間を過ごしたわけですけれども、今までだと、出かけるときは子供が一緒のときが多かったわけですけれども、子供も大きくなって、これからは段々と二人で出ることが多くなるのかな、などと思ったりしました。

記者

続いて、精力的に公的な活動に取り組まれる佳子さまのご様子をどうご覧になっていますでしょうか。

殿下

娘が成人してから10年ほど(た)つわけですけれども、その間、いろいろな依頼をされることも多くなってきています。

娘の様子や、話を聞いていると、その一つ一つを非常に大事にしながら、一生懸命取り組んでいるということがよく分かり、喜ばしく思っています。

記者

佳子さまのご結婚について話し合われていることはありますでしょうか。

殿下

結婚については特にありません。

記者

続きまして、小室眞子さんは第一子を出産いたしました。第一報を聞いた際のお気持ちや、今後の面会についてのお考えをお聞かせください。

殿下

そうですね、第一報を聞いた時はとても(うれ)しい気持ちになりました。

それと同時に、おじいさんになったんだなという、そんな若干複雑な思いもいたしました。そして、もし日本に来る機会があれば、是非会いたいと思います。

記者

上皇ご夫妻の最近のご様子、どうご覧になっていますでしょうか。

殿下

まず、上皇陛下が無症候性心筋虚血のために、この7月に入院されて、私も私の家族も大変心配いたしました。

ただ、お薬の効果も見られて、夏には軽井沢、秋には葉山に行かれるまでになられて、安(ど)しているところです。

上皇上皇后両陛下とは、以前ほど時間が合わない、時間帯が少しずれているということもあるでしょうけれども、赤坂御用地を車で回られているときなどにお目に掛かって、お話をする機会が時折あります。

私たちにとっても(うれ)しい時間ですし、両陛下も穏やかにお過ごしのことと思います。

問4 宮内庁は公式インスタグラムで秋篠宮家のご活動の紹介を始めました。秋篠宮家の活動をどのように知ってもらいたいとお考えですか。SNSを巡っては個人のプライバシーが問題になっています。ブラジルヘの公式訪問中には、機内で佳子さまがお休みになっているご様子がSNSに投稿されることもありました。殿下はSNSの持つ課題についてどうお考えですか。

記者

まず、インスタグラムでのご活動の紹介のことについてお願いします。

殿下

宮内庁がインスタグラムを始めて2年近く(た)つのでしょうか。

そして、最近は私たちのところもそうですし、宮家全体がインスタグラムで紹介されるようになり、フォロワー数もかなり多くて、結構なことだと思います。

月に一度程度の投稿ですので、即時性という点はそれほどありませんけれども、私としてはどれも実際に出席した行事についての写真を紹介するのが目的ですので、そのことをそれ以上でもなく、それ以下でもなく、知ってもらえればいいのかなと思います。

ただ一つ、私は、以前にウェブサイトとSNSの関係を惑星と衛星に例えたことがあったと思います。

惑星と衛星が結び付いている。どういう状況かというと、SNS、宮内庁の場合はインスタグラムがあって、それが惑星たるウェブサイトとリンクしていて、ウェブサイトがインスタグラムのアーカイブになっている必要があると思うのですね。

ところが今、この前も試してみると、そのインスタグラムの写真からアーカイブのところに一足飛びに移動することができない状態になっています。

ある一つのこういう行事に出ましたということが、インスタグラムで紹介されるわけですけれども、その本体であるウェブサイトの方に、もう少しいろいろな情報が入っているわけですので、そのあたりがリンクすると、いいのかなというふうに思ったところです。

記者

SNSの持つ課題について。

殿下

SNSは、情報を瞬時に広めることもできますし、使う人々が、双方向で迅速にコミュニケーションを取れるというメリットがありますが、一方では、誹謗(ひぼう)中傷などによる悲しい出来事も起こっています。

その両面があると思います。その上で、今、質問にありましたように、プライバシーの問題というのも出てくると思います。

先ほどの事例で言いますと、飛行機の中で休んでいる写真がSNSで広がるというわけですけれども、そこに写っていた一人の人間の中に公的な立場と、それから個人、去年、私が話した言葉で言うと生身の人間ですね、両方が一つになっています。

それを分離するというのはなかなか難しいことだと思いますが、少し前の時代、今も続いているわけですけれども、テレビ、新聞や放送などのマスメディアの時代であれば、もしかすると、それはいろいろなところに広がらないようにできたかもしれないですね、話し合いをすると。

ただ、今のSNSの時代では、それが非常に難しいことだと思います。とにかく、誰でも写真を撮る、画像を撮れて、誰でもが拡散できるわけですから。そこは非常に難しいと思います。

そして、更にSNSに、今度は全く別の進化を遂げてきたAIが一緒になるというのが、現在の状況だと思います。そうすると、単に先ほどのような画像が外に出ていくだけでなくて、フェイク画像や二次創作画像などが拡散することもあり得て、新聞や放送などのマスメディアの時代とは大きく環境が異なってきているように思います。

SNSにAIがくっ付いた状態で、これが今後どうなるかというのは、恐らく誰も分からないのだと思います。

5年先のことではないですよね、1年先でも分からないというのが現状だと思います。

このように、今後どうなっていくか分からないというのもSNSの一つの課題ではないかと思います。情報テクノロジーが発達して、著しく、絶えず変化するメディア環境にあって、SNSをその中に位置付けて、その可能性であったり、課題であったりを捉えるという、ものの見方と言いますかね、そういうことも必要になってくるのではないかと思います。

以上です。

問5 寬仁親王妃信子さまの独立生計が認定され、秋篠宮家以来となる新宮家が創設されたことへの受け止めをお聞かせください。昨年の記者会見で殿下は「皇族も生身の人間」と話されました。その後、状況やお考えの変化はありますか。未成年皇族がいなくなり、今後の公的な活動の担い手が減ることが想定されるなか、現状をどうご覧になっていますか。

記者

まず、新宮家について。

殿下

これについては、私としては新たな宮家が創設されたということを認識したということです。

記者

続いて、昨年の殿下の生身の人間というご発言について。

殿下

生身の人間、皇族も生身の人間であるということは、私は今でもそのとおりだと思っておりますし、ただ、去年、この生身の人間の話をして以降、何か目に見える変化があったかというと、それはないと思います。

ただ、私の受けている印象では、宮内庁の(しか)るべき人たちは、そのことを真(し)に受け止めてくれているというふうに思っています。

記者

今後、公的な活動の担い手が減ることが想定される中、どうご覧になっているか。

殿下

これは、高齢化も含めて、公的な活動の担い手が減ってきているというのは、もう間違いないことです。

しかし、その状況を変えるのは、今のシステムではできません。

いかんともし難いことだと思います。やはり、全体的な公的な活動の規模を縮小するしか、今はないのではないかと思います。以上です。

関連質問1 今回、戦後80年の節目に当たっての記者会見ですけれども、殿下、先ほどもお話ありましたけれども、戦後80年を振り返ってみて、半世紀前は戦争の記憶を直接持っている人、戦争を知っている人、そういう人が周りにいて、それが段々いなくなって、ある意味そういった記憶が失われつつあるという危機感を示されました。そういった中で、国際社会を見ていると紛争が続いていたり、いわゆる戦後80年で国際社会が築き上げてきた国際協調とかっていう機能が失われて断絶していると。世代が断絶していると。それとSNSのお話を先ほどございましたけれども、SNSの普及によって一方的な主張ですね、フェイクニュースとかそういったものも広まって、ますます正当な記憶、真実の継承とか、そういった国際的な協調の機運というのがなかなか難しい時代になっていると思うんですけれども。そういった中で皇室はですね、歴史とか伝統とか、継続性を大切にされてきたわけですけれども、殿下はこういう時代にあって皇室の活動はどのようなことを心掛けていくべきだとお考えでしょうか。その辺、改めてお伺いしたいのと、あと悠仁さまとですね、こういった現状についてどのようにお話しされているのか、その2点をお伺いできればと思います。

殿下

そうですね、やはり皇室の活動として大事なのは、対話だと思うんですね。

直接的に、今お話のあったようなことに結び付くかどうかは別にして、国際関係について言うと、皇室というのは外交はできないわけですね。

外交をすることはできませんけれども、親善はできるんですね。

そうすると、やはり、その中で少しでも相互理解が深まるようになることが大事ではないかと思います。

あと、息子とのことについてですけれども、これは、以前ほど会う機会が多くはないわけですけれども、会って話をしている中で、今お話のあったようなことについて、話をすることがありますし、また、私が見てちょっと必要かなと思った本を紹介したりとかするようなことがあります。

関連質問2 先ほど殿下もおっしゃられたように、生身の人間であるという、多分プライバシーを守るということの中で、これから大変プライバシーを守ることと密接に関わってくるのが、やはり悠仁さま、佳子さま、ご結婚についていろいろと、その問題というのもこれから関わってくると思います。多分、ご両親の方で、生身の人間であるということをお二人のために守るということが大切になってくると思うんですが、その守るということについて、お二人を守っていくということについては、どのようにお考えか、お聞かせいただきたいと思います。

殿下

なかなか守るといっても、それをどうするかというのは難しいことだと思います。

ただ、結婚のことだとか、そういう大切なことについての情報管理というのはしっかりと行っていかないといけないと思いますし、そのためにどうするかというのを考えるのは、私たち親の役目であると思います。

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皇族の公務見直し「あり得る」 宮内庁次長

秋篠宮さまが11月の誕生日記者会見で、皇族数減少に伴う公務の在り方に言及されたことについて、宮内庁の黒田武一郎次長は1日の会見で「皇族数の減少は、さまざまな公的活動との関係で課題があると認識している」と述べた。現行制度を前提とした場合、公務の削減や分担の見直しが「あり得る」との考えを示した。

その上で「今後、本格的に公的な活動を担うことが期待される方もおられる。活動の在り方については、皇室の方々の考えを伺いながら検討していく必要がある」と述べた。

黒田次長は、安定的な皇位継承策と併せて「国会の場で議論をしっかり進めてもらいたい」と求めた。

2025年12月1日 東京新聞

「変化があったかというと、それはない」秋篠宮さま お誕生日会見で述べられた“2つの苦言”

11月30日、60歳のお誕生日を迎えられた秋篠宮さま。これに先立ち臨まれた記者会見では、ご家族への感謝などを述べられるなかで、時折“提言”ともとれるご発言も見られた。

まずは、宮内庁の公式インスタグラムに関するご発言だ。インスタグラムでの秋篠宮家のご活動の紹介について質問された際、「フォロワー数もかなり多くて、結構なことだと思います」と答えつつ、次のような見方を示された。

「ただ一つ、私は、以前にウェブサイトとSNSの関係を惑星と衛星に例えたことがあったと思います。惑星と衛星が結び付いている。どういう状況かというと、SNS、宮内庁の場合はインスタグラムがあって、それが惑星たるウェブサイトとリンクしていて、ウェブサイトがインスタグラムのアーカイブになっている必要があると思うのですね。

ところが今、この前も試してみると、そのインスタグラムの写真からアーカイブのところに一足飛びに移動することができない状態になっています。ある一つのこういう行事に出ましたということが、インスタグラムで紹介されるわけですけれども、その本体であるウェブサイトの方に、もう少しいろいろな情報が入っているわけですので、そのあたりがリンクすると、いいのかなというふうに思ったところです」

秋篠宮さまが“惑星と衛星”と最初に例えられたのは、’22年のお誕生日に際しての記者会見でのことだ。当時は、宮内庁が皇室の広報展開にSNSを活用することを検討し始めた年であり、皇室の情報発信についてお考えを述べられていた。

「そして、今、いろいろなことを知るために調べるときというのは、多くが恐らくスマホ、スマートフォンを使って調べる時代になっています。そうするとSNSにたどり着いて、そこである情報を知って、更に詳しく知りたい人は、本体であるウェブサイトの方を見る。

何て言うか、惑星があって、惑星にたくさんの情報があって、そしてその周りにある衛星の方に、短いけれども非常に大事な情報が載っている。そういう関係性なのではないかなと思っています。私も詳しくは承知していませんけれども、そういう構図を恐らく宮内庁も考えているのではないかと思います」

今回のご発言には、秋篠宮さまの宮内庁に対するメッセージが込められているのではないかと皇室担当記者は語る。

「皇室の情報発信に関して、秋篠宮さまは’22年の時点からSNSとウェブサイトの連携を宮内庁に期待されていたことが伝わります。’24年の記者会見でも、『ウェブサイトとインスタグラムをバラバラに進めないようにすることが、大事なのかなという印象を持っています』と繰り返しお考えを示されています。

しかし、今回のご発言の通り、現在でも宮内庁の公式インスタグラムと公式ホームページはリンクがわかりやすく、かつ相補的な形式になっているとは言いがたい状態です。秋篠宮さまは3年前から構想を伝えているおつもりだったのでしょうし、具体的に形になっていない状況が続いていれば、宮内庁への“苦言”のような形のお言葉となってしまったのも無理はないのかもしれません。

ただ、皇位継承順1位、皇嗣というお立場の秋篠宮さまが記者会見という場でおっしゃられてしまうと、宮内庁も優先的に対応を取らなければならなくなってしまいます。“こうした場で述べられなくてもいいのでは”という意見も、内部から聞こえてきます」

皇室典範改正に関する議論についても“苦言”を……

秋篠宮さまの“苦言”は、もう一つある。皇族数確保に向けた皇室典範改正に関する議論が国会で進んでいることに対して、昨年の記者会見では“皇族は生身の人間”であり、宮内庁が当事者の考えを知っておく必要があると述べられているが、60歳のお誕生日に際した記者会見でも同様の内容を言及された。

「生身の人間、皇族も生身の人間であるということは、私は今でもそのとおりだと思っておりますし、ただ、去年、この生身の人間の話をして以降、何か目に見える変化があったかというと、それはないと思います。ただ、私の受けている印象では、宮内庁の然るべき人たちは、そのことを真摯に受け止めてくれているというふうに思っています」

国会での議論は’22年から始まったが、与野党の間で意見が平行線をたどったままで、結論がまとまる見通しすら立っていない。これまで、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する案、旧宮家出身の男系男子が養子として皇籍への復帰を可能にする案の2案を軸に議論が進んでいたが……。

「主要2案の中で“女性皇族の身分保持案”は各党の意見はおおむね一致していましたが、女性皇族の配偶者と子も皇族とするか否かでは一致していません。また“養子縁組案”については、賛否そのものが分かれたままです。

今年の通常国会でもまとまらず、額賀福志郎衆議院議長は秋の臨時国会で結論を得ることを目標に据えていましたが、それすらも見送る方向で調整に入っています。来年の通常国会で結論が出るのかも不透明なままなのです。

“目に見える変化がない”“宮内庁の然るべき人たちは真摯に受け止めてくれている”という秋篠宮さまのご発言からは、政界の議論に危機感がないことへの警鐘とも取れましたし、その点に関して言えば宮内庁内でも一定のコンセンサスが出来上がっているのではないかとも思っています」(宮内庁関係者)

そして、公的な活動の担い手が減ることについては、「その状況を変えるのは、今のシステムではできません。いかんともし難いことだと思います。やはり、全体的な公的な活動の規模を縮小するしか、今はないのではないかと思います」と述べられていた秋篠宮さま。前出の宮内庁関係者はこう続ける。

「秋篠宮さまのお誕生日に際した記者会見の内容が公表された翌日12月1日、宮内庁の黒田武一郎次長も記者会見で、『分担の見直しや全体的な公務の規模の縮小はあり得る』と述べています。

さらに国会での議論が進むことを求めつつ、『今後本格的に公的なご活動を担われることが期待される方もおられる。それぞれのご公務について皇室の方々のお考えをうかがいながら検討していく必要がある』と、今後の方針について示しました。

愛子さま、悠仁さまが今後成年皇族としてのご公務を本格的に担われていきます。次世代を担う皇族方が、安定してご活動を行われることができる環境を守っていくためにも、秋篠宮さまのご発言は大きな意味があったと考えています。一日でも早く議論が進んでいくことは、皇室のみならず宮内庁の総意でもあるといえるでしょう」

秋篠宮さまの“2つの苦言”が、よりよい皇室の未来を作ることに結び付いてほしいものだ。

2025年12月10日 女性自身

「“あのような事態を二度と引き起こさない”というお気持ちがうかがえた」 秋篠宮さまの還暦会見を識者が分析

「干支が一巡したんだな」

11月30日に60歳となられた秋篠宮さまは、それに先立ち恒例の記者会見に臨まれた。長女である小室眞子さん(34)への思いなどについて言及されたのだが、識者によれば、あるご発言から、宮家ご当主としての「お気持ちの転換」が読み取れたという。

初めに、お誕生日の5日前に行われた記者会見について宮内庁担当記者が解説する。

「われわれ記者会は前もって五つの質問を提出していました。秋篠宮さまは毎年、お手元にメモなどを用意なさらずにご発言されるので、5問に含まれる細かい設問を一つひとつ記者が口頭で繰り返し、それにお答えになる形で進みました」

 こうして行われた記者会見ではまず、秋篠宮さまがご自身の還暦について述べられた。

「最初の質問で『還暦を迎えられたご感想』について尋ねたところ、秋篠宮さまは『時間というのは連続しているものと認識している』と仰り、『還暦と言われても干支(かんし)が一巡したんだなということと、そういう年齢になったんだなという感想があるくらい』とだけお答えになったのです」(同)

「小室ご夫妻帰国の可能性は……」

 また、今年ニューヨークで出産した眞子さんについても触れられ、

「出産の一報をお聞きになった時には『とてもうれしい気持ちになった』としながらも『同時に、おじいさんになったんだなという、そんな若干複雑な思いも』などと吐露されていました。その上で、眞子さんについて『もし日本に来る機会があれば、ぜひ会いたい』と述べられていた。これは9月、紀子さまが59歳のお誕生日の際に文書で『よいタイミングで日本を訪れてくれたら』と回答なさった内容と呼応しています」(前出の記者)

 もっとも、秋篠宮家の事情に通じる関係者はこう言う。

「ご夫妻がいくら呼びかけられたところで、日本で激しいバッシングに遭った経緯もあり、眞子さんは現在、全く帰国を希望していません。まして孫を連れて宮邸に行くとなれば、再び好奇の目にさらされるのは必至。実現の可能性は極めて低いと言わざるを得ません」

「“放任主義”が秋篠宮家の伝統だったといえますが……」

 さらにご家族関連の質疑の中で、秋篠宮さまは、次女である佳子さまと長男の悠仁さまについての思いも述べられた。そしてそのご発言には、「過去」を踏まえた上での皇嗣殿下の“変化”が見て取れたのだという。それは、昨年のお誕生日会見で、秋篠宮さまご自身が用いられた「皇族は生身の人間」というフレーズにまつわるご発言だった。

「佳子さまのご結婚については、特に話し合われていることはないとのことでした。一方で『生身の悠仁さまや佳子さまを守ることについてどのようにお考えか』と問われると、『結婚のこととか大切なことについての情報管理はしっかりと行っていかないといけない』『そのためにどうするかを考えるのは私たち親の役目』とお答えになっていた。慶事の際のメディア対策とともに、親として“お相手”の情報を把握しておく必要があるというお考えを示されたわけです」(前出の記者)

 武蔵大学の千田有紀教授(家族社会学)が言う。

「眞子さんの結婚に際して秋篠宮さまは、一連の小室さんの問題が発覚するまで“自分たちの問題だから自分たちで考えて進めなさい”といったスタンスでいらっしゃいました。そうした“放任主義”が秋篠宮家の伝統だったといえますが、今回は秋篠宮さまのお気持ちの中で“あのような事態を二度と引き起こしてはならない”という、大きな転換があったことがうかがえます」

 12月4日発売の「週刊新潮」では、話題を呼んだ「ご公務縮小」発言を含め、複数の識者の見解を交えながら、秋篠宮さまの還暦会見について特集する。

「週刊新潮」2025年12月11日号 掲載

以上です。

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昔は良かったちゃん
昔は良かったちゃん
2 days ago

客観的にまとめて下さり、ありがとうございました。
それにしても万事に対して冷めている方ですね。
天皇皇后両陛下や国民に対する言葉が全くない点が個人的に疑問でいます。
自分の皇族としての立場は誰によってもたらされているのか???
それに対する謙虚な姿勢が持たないかぎり、国民の支持を得ることはできないということを理解すべきだと感じます。

まーる
まーる
2 days ago

ラベンダーさま

昔はよかったちゃんさんと同じく、天皇陛下への言葉がないことに違和感を感じました。
上皇陛下へのお言葉はあっても、です。

そして国民を思う心はないのですね、残念です。

佳子さまと結婚の話題がないということですが、私なら妙齢の子どもがいれば、そのことについて考えたり話題にはすると思いますが…

また、眞子さんの子どもと会いたいという言葉がありましたが、その為にあの夫婦を来日させるなど考えるとぞっとします。

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