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天皇皇后両陛下オランダ・ベルギー訪問

こんにちは、ラベンダーです。

天皇皇后両陛下が6月13日から2週間、オランダとベルギーを公式訪問されます。

即位後、2カ国の訪問は初めてになります。

日本の皇室は長年にわたり、両国の王室と友好関係を築いてきました。

天皇陛下はオランダ国王と皇太子時代から友好関係を築かれてきた。

ベルギー王室とは、上皇さまがフィリップ国王の伯父で元国王のボードワン1世と親密な間柄であられた。

また、両国の王室には、愛子さまと同世代の王女がいっらしゃる。

<愛子さまと同世代のプリンセス>
オランダ・アマリア王女(22歳)王位継承順位1位
ベルギー・エリザベート王女(24歳)王位継承順位1位

愛子さまがご同行されないのは残念ですが、

いろんな意味で楽しみな今回のご訪問。

その様子を速報したいと思います。

情報は随時更新されます。

目次

即位後これまでの海外訪問

2022年9月 英国のエリザベス女王の国葬参列のため英国を訪問

2023年6月 国際親善でインドネシアを訪問

2024年6月 国賓として英国を訪問。日本の天皇、皇后が国賓として英国を訪問するのは、現在の上皇ご夫妻が訪問した1998年以来。

2025年7月、モンゴルを訪問。歴代の天皇として初の内陸アジアへの訪問。

天皇陛下会見

本来の趣旨とは違う形で報道されてしまいましたが、この会見はオランダ・ベルギー訪問へ向けての記者会見です。

天皇陛下記者会見全文
問1 オランダ・ベルギーへのご訪問にあたり、抱負をお聞かせください。皇室と両国の王室の長年にわたる親交を踏まえ、これまでの両国での思い出や印象もあわせてお聞かせください。また、両陛下が2か国を歴訪されるのは24年ぶりとなります。皇后雅子さまの体調はいかがでしょうか。長期間の滞在となりますが、特別な準備や心がけられていることがありましたら、教えてください。

天皇陛下)この度、オランダ国、ベルギー国から御招待をいただき、両国を雅子と共に訪問できることを大変うれしく思っております。御招待いただいたオランダ国政府、ベルギー国政府に対して、雅子と共に心から御礼を申し上げます。

皇室とオランダ、ベルギー王室との間には、先の大戦で関係が途切れた不幸な時期もありましたが、これまで長年にわたる親交があります。

オランダについては、上皇上皇后両陛下には、オランダのベアトリックス前女王陛下と長年にわたって温かい交流を深めてこられ、現在の皇室とオランダ王室の友好関係の礎を築かれました。

平成3年には、当時のベアトリックス女王陛下が国賓として日本を御訪問になり、そして、日蘭交流400周年となった平成12年には、上皇上皇后両陛下が、オランダを国賓として御訪問になるなどされ、それぞれ両国の友好親善関係の増進に大変尽力なさいました。

私自身は、英国留学中に私的に初めてオランダを訪問した際に、まだ10代だった当時のウィレム・アレキサンダー皇太子殿下が空港で出迎えてくださったのがアレキサンダー国王陛下との最初の出会いでした。「随分大きな方だな」と思ったことをよく覚えています。

平成14年には、アレキサンダー皇太子殿下とマキシマ妃殿下の御結婚式に参列させていただいたほか、平成18年夏にはベアトリックス女王陛下からお招きをいただき、4歳の愛子を伴って家族揃って静養のためにヘッド・アウデ・ロー城に滞在させていただきました。この滞在中には、当時のアレキサンダー皇太子御夫妻の2歳の御長女、現在のカタリナ・アマリア皇太子殿下や御次女のアレクシア王女殿下も御一緒に、家族ぐるみで色々と楽しい時間を過ごさせていただいたほか、ベアトリックス女王陛下やウィレム・アレキサンダー皇太子、マキシマ皇太子妃両殿下のお心遣いにより、当時のベルギーの皇太子だった現在のフィリップ国王陛下御一家とルクセンブルクのアンリ大公両殿下も夕食会にお招きになり、私たち家族と親交を深める機会を作ってくださいました。

また、ウィレム・アレキサンダー国王陛下とは、皇太子時代に国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁と議長をそれぞれ務め、水問題に関する活動を御一緒しておりました。

平成25年には、ウィレム・アレキサンダー国王陛下の御即位式に雅子と共に出席し、御一緒にお祝いさせていただきました。令和元年の私の即位の礼には、今度は、国王陛下御夫妻が出席してくださり、有り難く、うれしいことでした。

最近では、昨年の5月に大阪・関西万博への御出席のために国王陛下が来日された際に、私たちの御所にて雅子と愛子も交えてお会いいたしました。

ベルギーについては、上皇上皇后両陛下には、長年にわたり、故ボードワン国王陛下御夫妻やアルベール2世国王陛下御夫妻と親密な交流を続けられました。

そして、平成5年に上皇上皇后両陛下が国賓としてベルギーを御訪問になり、平成8年には当時のアルベール2世国王陛下御夫妻が国賓として来日されるなど、皇室と王室の交流を更に深められました。

私は、フィリップ現国王陛下と同い歳ということもあり、英国留学中にベルギーを訪れた時以来、フィリップ国王陛下と何度もお会いをする機会がありました。

そして、平成11年には当時皇太子だったフィリップ国王陛下の御結婚式に御招待をいただいて、雅子と共に出席し、マチルド現王妃陛下とも初めてお会いし、以来御夫妻と親しくお付き合いを重ねてきました。

平成28年には、日本とベルギーの友好150周年を記念して、フィリップ国王陛下御夫妻が国賓として来日されました。そして、令和元年の私の即位の礼にも国王陛下御夫妻が出席してくださり、オランダの国王陛下御夫妻同様、うれしく、有り難く思いました。

昨年の大阪・関西万博開催中には、フィリップ国王陛下の妹君であるアストリッド王女殿下御夫妻が6月に来日され、御所で雅子や愛子と一緒にお会いいたしました。

こうした皇室と両国の王室との親密な交流も踏まえ、今回のオランダ、ベルギー訪問において、私が特に関心を払っていきたいと思っている点についてお話ししていきたいと思います。

第一に、今回の訪問を通じて、我が国とオランダ、ベルギー両国との間に培われてきた交流の歴史に思いを巡らせたいと思います。

オランダは、我が国が鎖国政策を採っていた江戸時代に、ヨーロッパの国々の中で唯一、外交貿易関係を維持し続けた国であり、「蘭学」として西洋の文化、知識、技術など多岐にわたる分野で我が国に大きな影響をもたらしました。そして、オランダとの間でこれまで積み重ねてきた交流は、400年を超えるものとなっています。

また、ベルギーは、今年で我が国との友好160周年を迎えます。その起源は江戸時代の終わり、慶応2年(1866年)に我が国とベルギーの間で結ばれた修好通商航海条約に遡ります。以来、官民問わず様々な面で交流が深まる中、今日(こんにち)のベルギーはヨーロッパの政治的・経済的な重要拠点となっており、日本の企業もベルギーやオランダを欧州のハブとして活動拠点を設置するなど、貿易や物流といった両国との経済的な面での結び付きも強くなっています。

このような長きにわたる我が国とオランダ、ベルギー両国の交流の積み重ねに思いを馳(は)せつつ、今回の訪問では、オランダのウィレム・アレキサンダー国王陛下御夫妻始め王室の方々、また、ベルギーのフィリップ国王陛下御夫妻始め王室の方々との旧交を温めるとともに、在留邦人や日本とゆかりのあるオランダ、ベルギー両国の方々などから、両国との交流の歩みなどについてお話を伺い、我が国とオランダ、ベルギー両国の人々との交流や相互理解、友好関係が更に深まる機会になればと思っています。

第二に、我が国とオランダ、ベルギーの若い世代との交流についてです。日本のアニメや食文化が海外でも高い人気を誇る中、オランダやベルギーでも若い世代が日本のアニメや和食をきっかけに、日本に関心を持つことも多いと聞いています。

また、オランダのうさぎのキャラクター「ミッフィー」や、ベルギーのチョコレート、ビールなどが日本の若者の間で人気となっているとも聞きますし、昨年の大阪・関西万博では、オランダやベルギーのパビリオンにも多くの来場者があったと聞いています。

このようなイベントやポップカルチャーなどを通じてその国や文化に関心を持ち、若い世代同士の交流へとつながっていくことも多い中で、今回の私たちの訪問が、若い世代の人々もお互いの国に関心を寄せる契機となり、今後の交流と友好親善が更に深まっていくことを願っています。

また、私が関心を寄せている「水」問題については、オランダもベルギーも、ともに低地が多く、水と隣り合わせの環境の中で、長い年月にわたり治水の工夫を重ねてきているなど、治水面を中心に日本と共通の課題を有している国であると承知しています。そして、両国における堤防や水門の整備、干拓地の活用などは、国土を守りながら発展を支えてきた象徴的な取組であり、深い敬意を抱いております。

今回の訪問においては、オランダでは水資源管理の研究機関であるデルタレスを視察いたします。またベルギーでは、二つの川が合流する土地にあって水との関連が深い町ナミュールを訪れます。

これらの訪問を通して、また、水問題に対して深い関心を寄せておられる両国の国王陛下とのお話を通して、オランダやベルギーがどのように水と向き合い、都市や暮らしを守ってきたのか、その経験や知恵を見聞し、水の問題について学ぶことによって、それぞれの国の社会や文化への理解を更に深めることができればと思っています。

私と雅子は、両国より御招待をいただいたことを心から有り難く思っており、かつて一緒に訪問したオランダとベルギーの思い出話として、私たちを温かく迎えてくださった多くの方々のお心のこもったおもてなしや、緑豊かな自然や歴史の重みを感じる美しい街並みなどについて語り合いながら、今回の訪問に向けた準備を進めております。2か国を続けて訪問するのは久しぶりとなりますので、体調に気を配りながら、訪問に臨むことができればと考えています。

問2 日本とオランダ・ベルギーには、第二次世界大戦で敵対した時期がありました。日本が現在のインドネシアで現地のオランダ人を抑留した歴史もあり、戦後は和解のための努力が続けられてきました。こうした経緯をどのように受け止め、訪問に臨まれますか。親善に尽くしてきた皇室と王室の関係を踏まえ、お考えをお聞かせください。

天皇陛下)先の大戦においては、世界の各国で多くの尊い命が失われ、多くの人々がつらく、悲しい思いをされたことを大変痛ましく思います。日本とオランダ、ベルギーとの関係においても、長きにわたる友好の歴史がある一方で、苦難の時期があったことを、私たちは忘れてはなりません。

特にオランダでは、今なお当時の痛みを負い続けている人々もおられることに思いを致したいと思います。そして、過去の歴史から謙虚に学びながら理解を深め、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。

戦後、ベアトリックス女王陛下には、昭和38年と平成3年の2度国賓として日本を訪問され、日本とオランダ両国の間の相互理解と友好親善関係の増進に力を尽くされました。

平成12年には上皇上皇后両陛下がオランダを国賓として御訪問になりましたが、その折には、先の大戦の傷を負い続けているオランダの人々に深く心を寄せられ、ベアトリックス女王陛下と御一緒に、両国国民の相互理解と友好協力関係が更に深まるよう心を砕かれました。

このように、両国の当時の女王陛下と天皇皇后両陛下のお互いへの厚い信頼と人々を深く思いやるお気持ちが両国国民の間の融和へとつながり、両国の交流の歴史に新たな1ページが開かれたとも言えるのではないかと思います。

これまで日本とオランダ、ベルギーとの間では、姉妹都市などの自治体間交流や大学における学生同士の交流、あるいは桜の植樹など、官民を問わず関係者の長年にわたる努力により、相互理解のための交流が積み重ねられてきました。

皇室とそれぞれの王室との交流も、そうした友好親善の歩みの一つであり、多くの方々の尽力の上に今日(こんにち)の平和と良好な関係が築かれていることに、深い感謝の念を抱いております。

今回の訪問に当たっても、過去の歴史に思いを致しつつ、平和の尊さを改めて心に刻みながら、両国の方々との交流を大切にしていきたいと思っています。そして、若い世代も含め、人々の交流が更に深まり、日本とオランダ、ベルギーとの友好関係が今後一層発展していくことを願っております。

問3 国際親善は皇室の重要な役割の一つになっており、昨年は、愛子さまが初めての海外公務としてラオスを訪問されました。若い皇族方の活躍が期待される一方、現行制度では皇室の縮小が見込まれ、国会では皇族数確保の議論が進められてきました。次世代の活躍への期待とあわせ、皇室の活動と皇族数とのバランスについてのお考え、これまでの議論の受け止めについてもお聞かせください。

天皇陛下)国際親善は皇室の重要な役割の一つであり、外国との相互理解や友好関係を深める上で、大切な意義を有していると思っています。

昨年、愛子がラオスを訪問し、多くの方々と交流の機会を得られたことは、本人にとっても大変貴重な経験になったのではないかと思います。愛子を含む若い世代の皇族それぞれが、様々な経験を重ねながら、自らの務めについて理解を深めていくことを願っています。

皇室の活動は、このような国際親善のほかにも、地方への訪問や被災地のお見舞いなどを通して、国民の皆さんに寄り添い、あるいは多くの国民の皆さんと交流することを始め、多岐にわたっております。

こうした皇室の活動を、将来にわたり安定的に続けていくための皇族数の確保の在り方については、現在、議論されているものと承知しています。

制度に関わる事項については、私から言及することは控えたいと思いますが、皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸福を常に願い、国民と苦楽を共にすることだと考えており、こうした皇族数の確保の在り方についての議論においても、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります。

これからも、若い世代も含めた皇室の一人一人が、それぞれの立場で務めを果たしながら、国民に寄り添い、また国際社会との友好親善にも努めていくことが大切であると考えています。

問4 皇族数が減少し、女性皇族の更なるご活躍も期待されるなど、皇室を取り巻く環境が変化する中、オランダ・ベルギー王室との交流を通じて、次の世代に向けた皇室や王室の在り方について、どのようにお考えになられますでしょうか。

天皇陛下)国際親善の活動とそれに伴う各国の人々との交流は、皇室の重要な公務の一つと考えており、これまで私も雅子も、外国への訪問や、訪日された外国のお客様との交流に際しては、我が国と相手国との交流の歴史を踏まえながら、友好親善関係が更に深まるよう努めてきました。

オランダやベルギーの王室との間でも、これまでも長年にわたり温かい交流が重ねられてきました。今回の訪問においても、オランダ・ベルギー両王室との交流を通じて、それぞれの国の歴史や文化についての理解を深めるとともに、両国の王室の若い世代の方々とも交流の輪を広げ、友好の絆(きずな)を強めていきたいと考えています。

世界情勢が大きく変化する中にあって、皇室や各国の王室がそれぞれの国民に寄り添い、国民の幸せを願いながら、世界の平和を願い求め、国際親善に努めていくことは、ますます重要になっているように感じます。

皇室と各国の王室がこれからも世代を超えて交流を積み重ね、友好親善を深めていくことを心から願っております。

問5 今回ご訪問されるベルギーやオランダの王室もSNSを通じて国民との触れ合いを発信をしていらっしゃいますが、日本の皇室もご公務や日常のお姿を発信されるようになって世界の人々との距離が身近になっているようにも見受けられます。今後、どのようなお姿を発信されたいとお考えですか。オランダ・ベルギー王室の発信から参考になさりたいことはどのようなことでしょうか。

天皇陛下)皇室の活動についての情報発信を考えるに当たっては、その前提として、皇室の在り方や活動の基本に立ち返って考える必要があると思います。

皇室の在り方や活動の基本は、これまでもお話ししているように、国民の幸せを願い、国民と苦楽を共にすることであると思います。

そして、時代の移り変わりや社会の変化を踏まえながら、状況に応じた務めを果たしていくことが大切であると思います。皇室を構成する一人一人が、このような役割と真摯に向き合い、国民の幸せを願いながら一つ一つの務めを果たし、国民と心の交流を重ねていく中で、国民と皇室との信頼関係が築かれていくものと考えています。

オランダやベルギーの王室におかれては、それぞれの国の歴史や社会の在り方を踏まえながら国民とのつながりを大切にされ、情報発信についても、若い世代に向けたものなども含めて、発信の内容や頻度など、様々な工夫を凝らしながら取り組んでおられることに、敬意を覚えております。

皇室においても、国民との交流を重ね、国民と皇室の信頼関係を築くに当たっては、国民の皆さんに皇室の活動に対する理解を一層深めていただけるよう、適切なタイミングで分かりやすい発信を積み重ねていくことが大切であると感じています。

具体的な情報発信の方法については、我が国の歴史や文化なども踏まえつつ、宮内庁の方でこれからも工夫を重ねていくものと思っています。

関連質問1 1問目のお答えについて、オランダに行かれた時、愛子様は4歳で、アマリア王女殿下が2歳、そしてベルギーのフィリップ皇太子御一家もお子様方と一緒にいらして、家族で交流されたというお話がありました。4歳であった愛子様に、当時のアマリア王女殿下やベルギーの王女殿下の記憶っていうのが、今もおありになるのでしょうか。また、長年御家族ぐるみで重ねてこられた交流を踏まえますと、陛下にとってオランダの国王御一家やベルギーの国王御一家というのはどのような存在でしょうか。

天皇陛下)そうですね。オランダの王室の皆様、そしてベルギーの王室の皆様、私も本当に長年にわたり存じ上げていて、先ほどもお話ししましたけれども、私の本当に若い頃、留学時代以降が主ですけれども、本当に親しくお付き合いをさせていただいて、いろいろお話を通して、それぞれの国のことについても、それぞれの王室のことについても、いろんなことを伺うことができて、私自身も非常にいろいろ参考にさせていただいております。

また、愛子も今お話のありました、その時は本当に4歳だったわけですし、しかもそれが初めての外国訪問であったわけですけれども、その時はちょうど当時2歳でいらしたオランダのカタリナ・アマリア王女殿下や、それからその妹さん、それからベルギーのエリザベート王女様、そしてそのまた弟さん方お二人、そのような同世代、少し若い方ですけど、そういった方々と本当に親しくいろいろ交流をさせていただいたということは、愛子にとっても大変貴重な経験となったというふうに今でも言っておりますし、本当にそれは私もそのようなことをすることができたということは大変有り難いことで、本当にこのことについて、オランダの王室の方々の温かい御配慮、本当に心から感謝したいと思っています。

記者)愛子様は覚えていらっしゃいますか。

天皇陛下)実はそのことは非常によく覚えていて、愛子によりますと、やはりオランダの王室の若いお子様方ですね、それとベルギーの同世代のお子様方と御一緒にいろいろ遊んだこと、 これは今でも非常によく覚えているというふうに申しますし、それから滞在させていただいたヘッド・アウデ・ロー城のたたずまいですとか、それからそこのお堀に黒鳥がいたんですけれども、その黒鳥に餌をやったことですとか、今でも非常にその当時のことを鮮明に覚えているようです。何かとても楽しい滞在だったというふうに今でも申しております。

関連質問2 先ほどの3問目の質問について立法府が皇族数の確保のとりまとめについてお気持ちというか、お考えについてお伺いしました。立法府がとりまとめた皇族数の確保というテーマは活動に関することで、皇室の活動というのは先ほど陛下がオランダとかベルギーで家族ぐるみで世代を超えて付き合っていらっしゃったというお話がありましたが、やっぱり家族の在り方というものと密接に関係していると思います。近年ですね、愛子様と一緒に被災地を訪問されたりとか、あと戦没者慰霊に臨まれたりとか、野球を観戦されたりとか、大相撲を観(み)に行かれたりとか、そういう御活動をされています。陛下にとって、御家族というのはどういう意味がおありなのか。それと、天皇御一家とか、皇室御一家にとって、家族の在り方はどのようにあった方が良いとお思いか、その辺をお聞かせいただけますか。

天皇陛下)私の場合、本当に幸いなことに、私は両親の手元で育てていただいたということを、まず、そこに大変深く感謝しております。

やっぱり子供の時から両親のやること、それを一つ一つ見ることができましたし、ちょっと話が飛びますけど、外国の王族の方との関係については、いろいろ外国の王族の方が家にいらっしゃるときなど、私も小さくてまだいろいろなことはよく分からない年齢でしたけれども、そういった場所に同席させていただいて、そこで本当に外国のいろんな王族の方、先ほどお話しした、ボードワン国王陛下なども本当に私の小さい時にお越しいただいて、そして、いろいろお土産を頂いたことも今でも覚えておりますし、ベアトリックス女王陛下も私が小さい時にいらっしゃって、そういうことを実際に両親の下でいろんなことを見ながら育つことができたということは、本当に有り難いことだと思います。

やはり愛子にも同じように一人の皇族として、そして、どういうふうにこれから振る舞ったらいいかって、そういったことを、いい手本になっているといいんですけれども、そして、一緒にいろんなことをすることによって、 愛子にもいろんなことを教えていきたいとも思いますし、また、そういう場を通して、いろんな方と愛子もお会いする機会ができていると思いますので、そういういろんな場を通じて、愛子に様々なことを学んでほしいと、私としてはそういう気持ちでおります。

2026年6月11日

オランダ王室と皇室の絆

オランダ王室と皇室の絆とは 天皇皇后両陛下、13日からオランダとベルギーを公式訪問

天皇皇后両陛下のオランダ訪問日程

一か国目の訪問先、オランダの王室との絆についてお伝えします。訪問を前に行われた天皇陛下の会見です。

「私と雅子は両国より御招待をいただいたことを心から有り難く思っており、緑豊かな自然や歴史の重みを感じる美しい街並みなどについて語り合いながら、今回の訪問に向けた準備を進めております」

オランダに到着されるのは現地時間の13日夜で、そこから16日まで王室の別邸「ヘット・アウデ・ロー城」に滞在されます。この4日間は、あえて公的な行事などは入れていません。

時差もありますし、長旅の疲れもありますので、最初はゆっくりしてほしいというオランダ王室の配慮だということです。

さらに、滞在するお城も特別な人しか使わない場所、王室のプライベートエリアですので、両陛下をそこに招待するというところにも親密さが表れています。

オランダ公共放送の王室担当記者によりますと、14日には、サッカーワールドカップの日本対オランダ戦がありますが、スポーツが大好きな国王が両陛下と一緒に観戦すると話していたということです。

オランダ国王と天皇陛下の「秘蔵写真」とは

そして現地時間の17日は、歓迎式典や国王夫妻主催の晩さん会などがありますが、注目なのが、洪水対策などの研究機関「デルタレス」の訪問です。

実は陛下とオランダのウィレム・アレキサンダー国王は、水問題をライフワークとする仲間なんです。国連水と衛生に関する諮問委員会で、陛下は名誉総裁、国王は第2代議長を務められました。そんなお二人の秘蔵写真があります。

オレンジ色の傘を差しているのが国王で、その前を歩かれているのが皇太子時代の陛下です。2013年、アメリカ・ニューヨーク国連本部で行われた、国連水と災害に関する特別会合の時に撮影された写真です。

この時、車で移動する予定でしたが、オランダ国王が「近いから歩いて行こうよ」と急に言ったそうなんです。これに対して、陛下もにっこり笑って「じゃあそうしましょう」とこたえられ、周りの方たちは予定外の行動に慌てたようですが、おふたりで道を颯爽(さっそう)と歩かれたそうです。

この時に国王のそばで様子を見ていた、政策研究大学院大学の廣木名誉教授に話を伺いました。

政策研究大学院大学 廣木謙三名誉教授
「お二人の水に関する熱意といいますか、オランダの国王陛下の方は、現代の水問題を現代の手段でどう解決するかを非常に重視をされて、天皇陛下は歴史家でいらっしゃいますので、そこの社会が育んできた水使いというのを種に説き起こそうという、そういうアプローチが大変素晴らしい。国王陛下と天皇陛下、どちらもなくてもならないという、そういう関係だったんじゃないかなと思います」

オランダ王室と皇室の絆は「家族ぐるみ」の仲

ほかの日程もみてみましょう。18日は、陛下がマウリッツハウス美術館でオランダ首相と面会されるほか、フェルメールの名画「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞されます。19日は、マキシマ王妃が支援する小児がんセンターを訪問する予定などがあります。

オランダ王室と日本の皇室の絆は、家族ぐるみの仲なんです。

2006年、国王の母に当たるベアトリクス前女王は、適応障害と診断された皇后さまの静養のため、天皇ご一家をオランダに招待しました。この時の場所がまさに今回、両陛下が滞在するヘット・アウデ・ロー城です。

思い出の場所でゆっくり過ごしてほしいということなんですね。そうした心遣いの背景には、単なる友好関係だけでなく、オランダ王室の人々の当事者としての思いがあったんです。

といいますのも、オランダ公共放送の王室担当記者によりますと、ベアトリクス前女王の夫・クラウス公は生前、精神の不調に苦しんでいて、クラウス公自身も前女王もそれを隠すことなく国民に語ってきたそうです。また、マキシマ王妃の妹も精神の不調に苦しんでいたそうです。

王室担当記者は「前女王は、王室に付きまとう重圧に大切な人が苦しむ様子を身をもって知っているからこそ、皇后さまを深く心配し、ひとごとではないと感じたのでは」と話しています。

オランダ王室の思いとは

一方、マキシマ王妃については、次のように語っています。

オランダ公共放送 王室担当記者 シモーヌ・タッカーさん
「マキシマ王妃は、精神疾患について語ることをタブー視しないよう働きかける熱心な提唱者となっています。皇后さまが居心地よく過ごせるよう配慮し、友人のような存在となることを自らの使命と捉えていたのかもしれません」

親しいからこそ、家族のように心配したのではないでしょうか。

今回の訪問に先立ち、現地時間の8日、オランダのウィレム・アレキサンダー国王は、日本テレビなどの取材に対し…。

ウィレム・アレキサンダー国王(8日)
「今回の両陛下のオランダ訪問は両陛下との新たな章、1ページとなる。私たち一家と皇室一家は、4世代で交流してきた。長い良好な関係が続いていることに非常に感謝している」

との考えを示しました。

実は両陛下そろっての2か国を歴訪されるのは、24年ぶりということです。陛下は11日の会見で、若い世代との交流も語られていました。

今回の訪問で、両陛下と王室の長年の絆に加えて、若い世代を含めた現地の人たちとどのような交流をされるのでしょうか。

(6月12日午後4時半ごろ放送 news every.「#みんなのギモン」より)

天皇皇后両陛下 オランダ・ベルギー公式訪問に向け出発

天皇皇后両陛下 オランダ・ベルギー公式訪問に向け皇居を出発

13日から2週間、オランダとベルギーの2か国を公式訪問する天皇皇后両陛下は、先ほど皇居を出発されました。

天皇皇后両陛下は午前10時20分頃、オランダ・ベルギーを国賓として公式訪問するため、皇居・正門を出発されました。

両陛下は、このあと羽田空港から政府専用機で出発しオランダに向かわれます。

オランダでは17日、首都アムステルダムで国賓として国王夫妻と歓迎式典に臨むほか、戦没者記念碑で供花し第二次世界大戦の犠牲者を慰霊されます。夜は国王夫妻主催の晩さん会に出席し、陛下はお言葉を述べられる予定です。

また、水問題の研究をライフワークとしている陛下は、水管理などについて研究する施設「デルタレス」を視察するほか、政治の中心地ハーグを訪れ、マウリッツハウス美術館でフェルメールの絵画「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞しオランダ首相主催の昼食会に出席される予定です。

20日からはベルギーに移動し、国賓として歓迎式典や国王夫妻主催の晩さん会に臨むほかナミュールやルーヴェンなどを訪れ、26日に帰国される予定です。

天皇皇后両陛下の国際親善訪問は即位後4回目で、おそろいで2か国を訪問されるのは2002年以来24年ぶりとなります。

2026年6月13日 日テレNEWS

天皇皇后両陛下 オランダ・ベルギー公式訪問に出発

天皇皇后両陛下が、オランダとベルギーを公式訪問するため、日本を出発されました。複数国の訪問は24年ぶりです。

両陛下は、きょう(13日)午前11時ごろ、羽田空港で秋篠宮ご夫妻や宮内庁関係者らから見送りを受けられました。

その後、政府専用機に乗り、オランダ・アムステルダムのスキポール空港に向けて出発されました。

現地では、国王王妃主催の晩さん会や歓迎行事、首相との面会などが予定されています。

また、両国とも王室からの特別な招待により、数日間、郊外の離宮で過ごされる予定です。

このほか、▼オランダでは、戦没者記念碑、水の研究施設、国際司法裁判所が入る平和宮、小児がんセンターなど、▼ベルギーでは、ブリュッセル市庁舎、ナミュール市、半導体の研究施設「imec」などを訪問されます。

国際親善を目的とした両陛下の外国公式訪問は、インドネシア、イギリス、モンゴルに続いて即位後4回目で、複数の国を訪ねるのは2002年にニュージーランドとオーストラリアを訪問されて以来、24年ぶりです。

2026年6月13日 TBS NEWS DIG

天皇皇后両陛下オランダ到着

天皇皇后両陛下 公式訪問1か国目のオランダに到着

天皇皇后両陛下が、公式訪問1か国目のオランダに到着されました。

両陛下は現地時間夕方、オランダの首都アムステルダムのスキポール空港に到着し、儀仗隊の歓迎を受けられました。

その後、オランダ王室の特別な招待により、離宮「ヘット・アウデ・ロー城」に移動されました。

今回の訪問は、国賓としてオランダとベルギーから招待を受けたもので、現地では晩さん会や歓迎行事などが予定されています。

このほか、▼オランダでは、戦没者記念碑、水の研究施設、小児がんセンターなど、

▼ベルギーでは、ブリュッセル市庁舎、ナミュール市などを訪問される予定です。

両陛下が複数の国を訪ねるのは、2002年にニュージーランドとオーストラリアを訪問されて以来、24年ぶりです。

日程はおよそ2週間で、26日午後に帰国される予定です。

2026年6月14日 TBS NEWS DIG

国王夫妻とW杯日本対オランダの試合を観戦

天皇、皇后両陛下、オランダ国王夫妻とワールドカップをテレビ観戦

オランダを訪問中の天皇、皇后両陛下は14日夜(日本時間15日早朝)、滞在先のヘット・アウデ・ロー城(アペルドールン市)でサッカーワールドカップ(W杯)の日本対オランダの試合を、ウィレム・アレキサンダー国王夫妻とテレビ観戦した。

 オランダ王室が写真を公開した。SNSのインスタグラムのオランダ王室の公式ページには、「スポーツはつながりを深めます!」などと、4人の写真が投稿された。

 両陛下は、国王とマキシマ王妃と親密な交流を重ねており、国王夫妻の招きでヘット・アウデ・ロー城に滞在している。国王の私的な別荘で、この日は国王夫妻が城を訪れ、夕食を共にした後にサロンのような場所で試合を観戦したという。宮内庁によると、観戦はオランダ側から提案した。

 両陛下は16日昼に首都アムステルダムに入り、17日の公式行事に臨む。

2026年6月14日 朝日新聞

オランダ王室公式Xアカウント
https://twitter.com/koninklijkhuis/status/2066260578952249470

天皇陛下、滞在先近くの宮殿博物館を訪問

オランダ公式訪問中の天皇陛下は、滞在先近くのヘット・ロー宮殿博物館を訪問されました。

オランダを公式訪問中の天皇皇后両陛下は、アペルドールンにある王室の別邸ヘット・アウデ・ロー城に滞在されています。

天皇陛下は現地時間の15日午後3時すぎ、城に隣接するヘット・ロー宮殿博物館をお一人で訪れ、撮影に応じられました。

ヘット・ロー宮殿は、今の王室の祖先で17世紀のオランダ総督ウィレム3世が暮らした場所で、現在は博物館としてかつて使っていた部屋なども一般公開されています。

両陛下のヘット・アウデ・ロー城滞在は2006年以来20年ぶりで、到着翌日の午後、1時間ほど周辺を散策し、愛子さまが当時遊んだ場所も訪れ懐かしく感じられていたということです。

2026年6月16日 日テレNEWS

アムステルダム王宮へ(1日目)

首都・アムステルダムに到着 国賓の歓迎式典や国王夫妻主催の晩さん会出席へ

オランダを公式訪問中の天皇皇后両陛下が、首都・アムステルダムに到着されました。

現地時間16日午後、水色の装いの両陛下はアムステルダムの中心部にある王宮に到着し、出迎えた王室府の長官らと笑顔で挨拶を交わされました。

両陛下は、現地時間の13日にオランダに到着して以降、王室の城に滞在し、国王夫妻とワールドカップの「日本対オランダ」戦を観戦したり、敷地の中を散策したりして過ごされました。

両陛下は17日、国賓の歓迎式典や国王夫妻主催の晩さん会に出席するほか、第二次世界大戦における戦没者を悼む慰霊碑に花をたむけられる予定です。

2026年6月17日 TBS NEWS DIG

歓迎式典

アムステルダムで歓迎式典に出席

オランダを公式訪問中の天皇皇后両陛下は、首都アムステルダムで国賓として歓迎式典に臨まれました。

天皇皇后両陛下は現地時間の17日午前10時すぎ、王宮の入り口からオランダのウィレム・アレキサンダー国王、マキシマ王妃と共に姿を見せられました。

両陛下が国賓として歓迎式典に臨まれる「ダム広場」はオランダの首都・アムステルダムで昔から中心として発展してきた場所で、両陛下が滞在中のアムステルダム王宮に面しています。

天皇陛下は、国王とともに広場の壇上に移動されます。皇后さまも王妃とともに移られました。

軍楽隊により日本の国歌「君が代」が演奏されます。

続いて、オランダの国歌の演奏です。

儀仗隊の指揮官が天皇陛下に歩み寄って閲兵をお願いし、陛下はこれを受けられます。

指揮官はオランダ語で号令を下します。

天皇陛下とオランダ国王が壇上から降り、国王のエスコートで陛下は軍楽隊の前から閲兵を始められました。

陛下は国王とともに旗衛隊の前に移動し軽く会釈されました。

そして再び広場の中央を臨む壇上に戻られました。

天皇陛下は国王と共に王立オランダ海軍・陸軍の前に進まれます。

陛下は王室オランダ空軍の前で向きを変え王立オランダ軍警察を閲兵し、壇上に戻られました。

儀仗隊の指揮官が陛下に歩み寄って閲兵の終了を告げました。

両陛下と国王夫妻が王宮へと向かわれます。

その際、両陛下は国王夫妻とともに日本人学校の子どもたちに声をかけられました。

その際両陛下は腰をかがめて、目線をあわせにこやかに話しかけられました。

また国王がうながすようなしぐさをみせたあと両陛下と国王夫妻が日本人学校の子どもたちと記念撮影に応じられる場面もありました。

歓迎式典が行われたダム広場の一角には第二次世界大戦の犠牲者を悼む戦没者記念碑が建てられています。

両陛下はこのあと、戦没者記念碑に供花されます。

第二次世界大戦では、旧日本軍がオランダの植民地だった今のインドネシアに侵攻して占領しました。オランダ政府によると軍人およそ4万人が捕虜となったほかオランダの民間人およそ9万人が抑留されました。このうち軍人およそ1万人と民間人およそ1万4000人が死亡したとされています。

天皇陛下は出発前の記者会見で「先の大戦においては、世界の各国で多くの尊い命が失われ、多くの人々がつらく、悲しい思いをされたことを大変痛ましく思います。日本とオランダ、ベルギーとの 関係においても、長きにわたる友好の歴史がある一方で、苦難の時期があったことを、私たちは忘れてはなりません。 特にオランダでは、今なお当時の痛みを負い続けている人々もおられることに思いを致したいと思います。そして、過去の歴史から謙虚に学びながら理解を深め、 平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。」と話されました。

ダム広場の戦没者記念碑には、2000年天皇皇后時代の上皇ご夫妻が国賓としてオランダを訪問した際花輪を供え黙とうされています。

両陛下は歓迎式典を終え、国王夫妻とともに王宮に入られます。

2026年6月17日 日テレNEWS

戦没者記念碑に供花

アムステルダムの戦没者記念碑に供花 第二次世界大戦の犠牲者を追悼

オランダを公式訪問中の天皇皇后両陛下は、アムステルダムの戦没者記念碑に供花し、第二次世界大戦の犠牲者を悼まれました。

天皇皇后両陛下は現地時間17日午前11時半ごろ、アムステルダムの中心部「ダム広場」にある戦没者記念碑での供花に臨まれました。

第二次世界大戦では、旧日本軍がオランダの植民地だった今のインドネシアに侵攻して占領し、およそ4万人の軍人が捕虜となっただけでなく、およそ9万人の民間人も抑留され多くの死者が出たため、戦後、オランダでは厳しい対日感情が残りました。

両陛下は、戦没者記念碑に花輪のリボンを整え、供えたあと、およそ1分半にわたって深く頭を下げられました。

天皇陛下は、訪問前の記者会見で、両国間の苦難の時期に触れ、「特にオランダでは、今なお当時の痛みを負い続けている人々もおられることに思いを致したいと思います」と話されています。

夜は国王夫妻主催の晩さん会に出席し、天皇陛下がお言葉を述べられる予定です。

2026年6月17日 日テレNEWS

デルタレスを訪問

天皇陛下とオランダ国王「水」がつなぐ深い絆

国賓としてオランダを訪問中の天皇皇后両陛下。きのうは、陛下とオランダの国王が「水」に関する研究機関を視察されました。この「水」への関心が、長年にわたり2人を結びつけてきました。

きのう開かれた晩さん会。陛下がスピーチで触れられたのは、サッカー・ワールドカップの「日本対オランダ戦」について。

「ピースフルな結果にほっとしました」

両陛下は、国王夫妻とともに観戦していましたが、引き分けに終わった結果にほっとされたようです。

晩さん会に先立ち、陛下とアレキサンダー国王が足を運ばれたのが、水資源管理の研究施設「デルタレス」です。施設では、陛下と国王が熱心に話し込むことも。

実は、2人にとって「水の問題」は共通のテーマなのです。

「水が上流から下流に向かって滝のように流れ落ちている様子が」

1987年、水資源に関するシンポジウムで、陛下が講演された時の映像です。学生時代に水運史の研究をした陛下は、この年にネパールで女性や子どもが水汲みをする姿を目にされます。

「『女性や子どもが多いな』『本当に大変だな』と、素朴な疑問を素朴な感想を抱いたことを記憶しております」

陛下は、幅広い「水の問題」に関心を持つようになり、ライフワークとされるようになりました。

一方、アレキサンダー国王の関心事もまた「水」について。国王は、国連の「水と衛生に関する諮問委員会」で、陛下と一緒に活動していた縁があるのです。

2人と親しい関係にあり、水の問題を専門にしている広木謙三さん。陛下の研究姿勢について、こう話します。

政策研究大学院大学 広木謙三 名誉教授
「陛下は水を通じて、あるいは水をレンズにして、世界の色々な課題や物事を見ていられる。例えば、水を汲みに一日何時間もかけて歩いていかなきゃいけない子どもたちが小学校に行けないといった問題」

一方のアレキサンダー国王については…

政策研究大学院大学 広木謙三 名誉教授
「大会社のCEOのような人だなと。常に解決策を見出そうという姿勢が非常に真剣な姿勢だなと」

ある日の国連の会議で陛下と国王が一緒になった際、広木さんはこんな場面を目にしたといいます。

政策研究大学院大学 広木謙三 名誉教授
「おふたりで移動されるときに、当然、車列が用意されて待っていたんですけれども。オランダの国王が『近いから国連本部まで歩いていこう』と、陛下も『じゃあ一緒に歩きましょう』って。その時の後ろから見たおふたりの姿が颯爽としていて、『まさにこれから新しい風が吹くんだな』と」

「水の問題」がつなぐ陛下と国王の関係はこれからも続きます。

2026年6月18日 TBS NEWS DIG

晩さん会に出席

天皇皇后両陛下 オランダで晩さん会に出席 先の大戦での日蘭関係に触れ「苦難の時期忘れない」

天皇皇后両陛下が、公式訪問先のオランダで晩さん会に出席し、陛下が平和への思いを述べられました。

現地時間17日夜、両陛下は首都アムステルダムの王宮で、国王夫妻らと写真撮影にのぞまれました。

その後、晩さん会では、陛下が第二次世界大戦に触れ、次のようにスピーチされました。

「過去に苦難の時期があったことも同じく、決して忘れてはなりません。先の大戦の中で、多数の民間人を含む多くの尊い命が失われ、多くの人が傷ついたことは誠に悲しむべきことであります。今なお、当時の痛みを負い続けている人々がおられることに思いを致し、平和への努力を続けていかなくてはならないと思います」

戦時中、旧日本軍はオランダの植民地だったインドネシアを占領し、多くの外国人を強制収容しました。

両陛下は晩さん会に先立ち、戦没者を悼む慰霊碑の前で1分半以上頭を下げ、黙とうを捧げられました。

スピーチではほかに、20年前にご一家でオランダを訪れた際、愛子さまがエサをあげた黒鳥と再会したと話し、「東京にいる愛子に連絡したところ、とても感動したと言っておりました」と明かされました。

2026年6月18日 TBS NEWS DIG

天皇陛下晩さん会でのおことば(全文)

オランダ国王王妃両陛下主催晩餐会における天皇陛下のおことば(令和8年6月17日、於:アムステルダム王宮)

ウィレム・アレキサンダー国王陛下、マキシマ王妃陛下、ベアトリックス王女殿下、

Goedenavond(オランダ語で「こんばんは」)

この度は御親切な御招待により雅子と共に国賓として貴国を訪問し、ウィレム・アレキサンダー国王陛下、マキシマ王妃陛下と再び親しくお目にかかれることをうれしく思います。

このような素晴らしい晩餐(さん)会を催していただきましたこと、また国王陛下から懇篤(こんとく)な歓迎のおことばを頂いたことにも心から御礼を申し上げます。

両陛下を始め貴国の皆様から私たちの訪問に向けて多大なる御尽力を頂きましたことに、併せて深く感謝申し上げます。

私が初めて貴国を訪問したのは、英国留学中の1984 年のことでした。私的な訪問でしたが、当時皇太子でいらした10代のウィレム・アレキサンダー国王陛下には空港までお出迎えいただき、滞在中には当時、女王陛下でいらっしゃった、ベアトリックス王女殿下、故クラウス殿下御夫妻、ウィレム・アレキサンダー国王陛下、コンスタンティン王子殿下とご一緒に、アイセル湖で女王専用ヨットに乗せていただき、セーリングをしたことなども良い思い出です。

その後も、2002年の国王王妃両陛下の御結婚式や2013年の素晴らしい御即位式に御招待をいただいて、その晴れやかな行事に参列し、国王王妃両陛下に、皇后と共に直接お祝いを申し上げることができたことは幸いなことでした。

また、2006年にはベアトリックス王女殿下の御親切なお招きにより、后の雅子と私は、私たちの娘である愛子と共にヘット・アウデ・ロー城でとても素晴らしい一夏の休暇を過ごさせていただき、幸いでした。

私たちの滞在中、王女殿下や国王王妃両陛下を始めとするオランダの方々から様々な御配慮を頂きました。

私たちが受けたこうした温かいおもてなしとお心遣いによって、ヘット・ローの素晴らしい環境での心和む楽しい滞在は更に特別なものとなり、今でも忘れられない思い出として、私たちの中で特別なものとなっています。その折の御厚意にも改めて心から感謝申し上げます。

今回、国王王妃両陛下のご親切なご招待により、その懐かしいヘット・アウデ・ロー城で再び数日過ごすことができたことも雅子と私にとって、とてもありがたいことでした。

ヘット・アウデ・ローに到着時には嬉しい驚きがあり、私の両親が寄贈し、ベアトリックス王女殿下と国王陛下がお城のお堀に放流した鯉が再び元気に出迎えてくれ、そして20 年前に愛子が毎日のようにパンを与えていた一羽の黒鳥とも再会しました。

今回、私たちがパンを与えると再び喜んで食べてくれたことも嬉しいことでした。東京にいる愛子にも、この黒鳥と鯉のお友達の話や前回ヘット・アウデ・ロー城でお世話をしてくださったスタッフの方々とお会いしたことを話したところ、愛子は非常に驚き、とても感動したと言っておりました。

我が国と貴国との関係は、1600年にオランダ船「デ・リーフデ」号が困難な航海の末に、我が国に漂着したことから始まりました。

その後、日本が鎖国政策を採った時にも、両国の交流が途切れることはなく、長崎の出島にある約5メートルの狭き橋が200年以上にわたり、日本とオランダ、そして西洋世界を結び付けていました。

私たち日本人は出島での貴国との交流を通じ、西洋の技術・文化を学ぶとともに、出島のオランダ商館により伊万里焼や漆器などの我が国の工芸品がヨーロッパにもたらされ、貴国のデルフト焼にも強い影響を与えるなど、相互に影響し合いました。

この両国の長年にわたる交流は、両国政府と国民の類い希(まれ)なる熱意と努力の賜(たまもの)にほかなりませんでした。

2000年には、日蘭交流400周年を記念する催しが日本各地で行われました。

その折、当時皇太子殿下でいらっしゃった国王陛下に来日いただき、長崎県と大分県で行われた記念式典に、御一緒に出席したことは、このような両国間の長い交流の歴史を振り返る上で貴重な機会になりました。

このような長きにわたる両国の友好と交流の歴史を振り返るとき、過去に苦難の時期があったことも同じく、決して忘れてはなりません。

先の大戦の中で、多数の民間人を含む多くの尊い命が失われ、多くの人が傷ついたことは誠に悲しむべきことであります。

私たちは絶えず謙虚に過去の歴史から学び、悲しみを繰り返さないよう、悲惨な体験や苦労を後の世代に伝えていかなければなりません。そして、今なお当時の痛みを負い続けている人々がおられることに思いを致し、平和への努力を続けていかなくてはならないと思います。

戦後、ベアトリックス王女殿下が1963年と1991年の二度、国賓として日本を御訪問なさいました。そして2000 年には上皇上皇后両陛下が貴国を国賓訪問なさいました。

幸いにしてこのような往来を通じて、両国国民の相互理解と信頼が育まれました。ベアトリックス王女殿下、国王王妃両陛下を始め多くの人々が計り知れぬ努力をもって、両国の未来の友好のために力を尽くしてこられたことに、皇后と共に深い敬意と感謝の念を表します。将来に向けた平和への願いの下、両国が共に歩みを続けていくことを心から願います。

この点につき、貴国が「法の支配」に基づく国際秩序の推進に取り組んでおられることに敬意を表します。

明日、私は「国際法の首都」とも呼ばれるハーグを訪問し、平和宮にも訪れる予定です。

貴国は「国際法の父」と呼ばれるグロティウスの生誕地であり、国際司法裁判所(ICJ)を始めとする様々な国際裁判所や国際機関の拠点が置かれています。

私たちはICJ と個人的なつながりを有しており、国王陛下が言及されたように雅子の父である小和田恆は2018 年まで15 年間ICJ判事を務め、3年間ICJ 所長を務めました。

その間、ベアトリックス王女殿下と国王王妃両陛下が雅子の両親に差し伸べてくださいました。とても温かいご配慮に深く感謝申し上げます。

また、明日にはオランダで日本とゆかりの深い教育機関の一つであるライデン大学も訪問いたします。

同大学では、欧州最古の日本研究拠点として1855年に創設された日本学科を中心に、現在も日本との学術交流が受け継がれており、明日は、同大学の学生や研究者の方々と、日蘭の交流について話す機会を楽しみにしています。

両国間で現代にまで受け継がれた交流の成果として特筆されるものの一つは、例えば治水です。日本とオランダは、共に水の恵みを受けながら、時に洪水や高潮などの脅威にも向き合ってきました。

19世紀後半の明治時代の日本において、ファン・ドールン、エッシャー、デ・レイケを始めとするオランダ人技術者たちが、治水や疏水、砂防、港湾整備など我が国の国土の基盤づくりに大きく貢献しました。

その功績は、今日に至るまで日本各地で大切に記憶されています。2010年に国王陛下が訪日された際、私たちは利根運河を訪問いたしましたが、この運河もオランダ人技師ムルデルによって設計・監督されたもので、現場には彼の功績を讃(たた)える顕彰碑が立っております。

そして、本日、国王陛下と共に、水理・地盤工学の応用研究機関であるデルタレスを視察いたしました。

水と共に生きる貴国の知恵とたゆまぬ努力、そして将来を見据えた研究の数々に接し、深い感銘を受けると同時に、国連「水と衛生に関する諮問委員会」等を通じ、国王陛下と御一緒に水の問題に関する国際的活動に取り組んできたことを思い起こしました。

この分野で日本とオランダが、広く世界に貢献していくパートナーともなっていることをうれしく思います。

日蘭両国の交流の歴史の中で、医学も大切な役割を果たしてきました。

江戸時代に来日したシーボルト、ポンペ、ボードワンなどの多くのオランダ人ゆかりの人々が日本の医学の発展に貢献しました。今回、マキシマ王妃が情熱を持って関与していらっしゃるプリンセス・マキシマ小児がんセンターを視察する予定ですが、日蘭の研究協力が子供達の将来のために活かされることを願ってやみません。

日蘭両国の交流は貿易を中心として始まり、現在でも官民問わず経済分野での協力が進展しており、とりわけ、半導体といった先端技術や農業・食品などの分野で両国の協業が有望視されていると伺っております。

スポーツも両国の交流が深まっている分野の一つです。

たとえばスピードスケートでは、多くの日本人選手が貴国を練習拠点として活動しており、これら日本人選手が試合で好成績を上げた際には、オランダの人々からも祝福いただいていることに心を打たれました。

またサッカーでは、貴国のプロリーグ1部「エールディヴィジ」に現在9名の日本人選手がプレーしていると聞きます。

そして、一昨日のサッカー・ワールドカップにおける日本・オランダ戦は、国王王妃両陛下の御厚意により私たちも、小さな愛らしいプードル犬マンボを連れた両陛下と御一緒にテレビで観戦しました。大変良い試合となり、ピースフルな結果にホッとしました。両国の国民を奮い立たせ、更に結び付ける機会になったものと確信しております。

現代の世界に生きる私たちは、多くの面で国境を越えて互いに深く結び付く一方、気候変動問題を始め、地球規模での様々な困難な課題に直面しています。そのような中、日蘭両国国民が手を携え、協力して世界規模での取組を牽引している分野が、数多くあることを大変うれしく思うとともに、次世代を担う若者や子供たちのために、協力の裾野を更に一層広げ、取組を強化していくことを希望してやみません。

日蘭両国が、永続的な友好親善と協力関係を築いていくことを心から願うとともに、国王王妃両陛下の御健勝と、日蘭両国の更なる発展と世界への貢献、そして両国民の末永い幸せを祈り、杯を挙げたく思います。

Proost! (オランダ語で「乾杯」)

天皇皇后両陛下がオランダの戦争被害者団体の代表2人と懇談

オランダを公式訪問中の天皇皇后両陛下は、オランダ国王夫妻主催の晩さん会後の歓談の場で、第二次世界大戦の戦争被害者や遺族らの団体のオランダ人2人と懇談されました。

天皇皇后両陛下は現地時間の17日夜、オランダ国王夫妻主催の晩さん会に臨まれました。

晩さん会には、第二次世界大戦の歴史や記憶の継承などを行う戦争被害者や遺族らの団体からオランダ人男性2人も招かれ、陛下のおことばを会場で聞いていました。

第二次世界大戦では、旧日本軍がオランダの植民地だった今のインドネシアに侵攻して占領しました。オランダ政府によると、オランダの軍人およそ4万人が捕虜となったほか、民間人およそ9万人が抑留されました。このうち軍人およそ1万人と民間人およそ1万4000人が死亡したとされています。

陛下は、晩さん会のおことばで先の大戦について触れ、「このような長きにわたる両国の友好と交流の歴史を振り返るとき、過去に苦難の時期があったことも同じく、決して忘れてはなりません。先の大戦の中で、多数の民間人を含む多くの尊い命が失われ、多くの人が傷ついたことは誠に悲しむべきことであります。私たちは絶えず謙虚に過去の歴史から学び、悲しみを繰り返さないよう、悲惨な体験や苦労を後の世代に伝えていかなければなりません」と述べられました。

天皇皇后両陛下は、晩さん会の後の歓談の場で、ウィレム・アレキサンダー国王から紹介される形で、オランダの植民地だったインドネシアにおける戦争被害者の権利・補償を守る団体「インディッシュ・プラットフォーム」の会長・シルフレール・デルハイエさんと、インドネシアにおける戦争犠牲者を追悼する「8月15日国家記念財団」の会長・パウル・ドープさんと懇談されたということです。

2人は戦争経験者の“子ども世代”で、両陛下が戦没者記念碑に真摯な姿勢で供花したことや、陛下が晩さん会のスピーチで戦争について言及されたことに感謝を示したということです。

オランダの戦争被害者らとの間では相当和解が進んでいるものの、全て終わったわけではないため、2人はさらに和解を進める上で今回の両陛下の供花やおことばが非常にありがたかったと伝えたということです。

2026年6月18日 日テレNEWS

ウィレム アレクサンダー国王陛下による国賓晩餐会でのスピーチ

ウィレム アレクサンダー国王のスピーチ

陛下方、

皆様を私たちの仲間としてお迎えできることを大変嬉しく思います。心からの歓迎の意を表します。私と妻のマキシマ王妃を代表して、皆様を心より歓迎いたします。私たちは、両家間の深い友情、そして両国間の比類なき歴史的な絆に感謝しております。

426年前、1600年に愛によって結ばれた絆。

「デ・リーフデ」は、1600年4月19日、数々の苦難に満ちた航海の末、日本の九州に到着したオランダのガレオン船の名前である。そして、島の人々は愛情をもって、病気で衰弱した乗組員たちを迎え入れ、手厚く看護した。これは、素晴らしい友情の始まりとなった、実に感動的な出来事だった。

今夜、私たちはこの友情を祝います。何世紀にもわたる協力関係が、私たち双方に繁栄、知識、革新、文化交流といった多くの恩恵をもたらしてきたことを改めて認識するからです。

そして、先週の日曜日のように、両チームがスポーツで激突した時のような、緊迫した瞬間もあります。こうした瞬間を共に体験できるのは、本当に特別なことで、楽しいことです!

オランダの橋。かつて、私たちが西洋世界への窓口だった頃、あなたの国は私たちをそう表現していました。

逆に、あなたとの交流のおかげで、私たちの世界はより広がりました!

私たちオランダ人は、あなたの国と文化に魅了されています。そして、それは昔から変わりません。19世紀には、日本は私たちの国民的英雄の一人、フィンセント・ファン・ゴッホにとって、豊かなインスピレーションの源泉でした。

今日でも、日本への好奇心は衰えることなく、老若男女を問わず強いものです。多くの子どもの部屋には、ポケモンのステッカーアルバムがミッフィーの絵本と並んで置かれています。アニメやマンガは、ここでも誰もが知っている定番です。寿司はオランダの食卓に欠かせないものとなっています。20世紀以降、オランダの多くの家庭では、日本製の電子機器に囲まれて暮らし、あるいは日本製の車を運転してきました。そして、ますます多くのオランダ人観光客が日本の美しさに魅了され、日本を心に刻んでいます。私たち家族も例外ではなく、美しい思い出を大切にしています。

遠くまで旅行したくない人は、自国を訪れるのも良いでしょう。ハーグ近郊のクリンゲンデール荘園にある日本庭園はいかがでしょうか。あるいは、ライデンにあるシーボルト邸もおすすめです。今年初めには、川瀬巴水の美しい版画を鑑賞しようと、多くの観光客が訪れました。日本に関する書籍はベストセラーリストに名を連ねており、ここにいる皆さんもそのことをよくご存知でしょう。

私たちは、互いの文化への関心と友情によって結ばれていることに感謝しています。同時に、私たちの共有する物語には苦い経験も含まれていることを認識しています。

私たちの長く共有してきた歴史には、無視したくない、そして無視できない痛ましい出来事、すなわち第二次世界大戦が含まれています。

この時期、私たちの民間人や兵士は甚大な苦難を強いられました。当時負った深い傷は、その後の世代にも影響を与え続けています。日本においても、国民は戦争の恐ろしい結果を、特に終戦期において、耐え忍ばなければなりませんでした。

陛下、陛下も私も第二次世界大戦終結からかなりの年月が経ってから生まれました。私たちはあの時代の惨禍を物語を通してしか知りません。教訓を学び、和解、平和、そして正義の未来に向けて共に歩み続けるためには、物語を語り継いでいく必要があります。日蘭平和交流プログラムは、まさにこの点において非常に価値のあるものです。

過去をありのままに認めることで、私たちは共通の未来のための空間を創造する。

そうした共通の未来について言えば、昨年訪れた大阪・関西万博のことを真っ先に思い出します。万博では、「私たちの生活のための未来社会をデザインする」というモットーのもと、現代の課題にどう対処していくかが中心的なテーマとなっていました。

両国は、水資源管理、気候変動、人口動態、医療といった分野で共通の課題に直面しています。そして、良き友人として、私たちは互いに協力し合い、解決策を見出そうとしています。

30年前、日本とオランダは科学技術革新条約を締結しました。そして近年、両国は安全保障や防衛をはじめとする様々な分野で、ますます緊密な協力関係を築いています。例えば、オランダのフリゲート艦「デ・ロイテル」は2日前に東京に寄港しました。また、オランダのF35戦闘機は今春、日本国内で行われた合同演習に参加しました。さらに、日本はアジア太平洋地域の他の3カ国とともに、NATOとの連携を強化しています。

国際法秩序が極度の緊張状態にある今、私たちは志を同じくするパートナーとして、互いの存在がいかに重要であるかを改めて認識しています。

両国は重要な価値観を共有しています。健全な民主主義、開かれた経済、そして円滑に機能する法の支配を両国とも重視しています。そして、国際法秩序を擁護しています。これはハーグにおいて非常に顕著に表れています。

国際司法裁判所と国際刑事裁判所はハーグに本部を置いており、両裁判所の長官は日本人です。今晩、両裁判所がここにご臨席くださっていることを大変光栄に思います。そしてもちろん、ハーグの国際司法裁判所に10年間携わり、長官も務め、国際紛争の平和的解決に尽力された陛下の父君のことも心に留めております。

日本とオランダは、他の国々と共に民主主義と正義を守り、擁護していく共通の責任を感じています。そして、それぞれの大陸から互いに補い合い、力を高め合えることは、何という恵みでしょう!

かつて本土と繋がっていたのは、細い橋一本だけだった時代は、はるか昔のこととなった。私たちの関係は、東から西へと続く太陽の軌跡のように、あらゆるものを包み込むほど深く結びついている。私たちの友情と絆は、永遠に続くものだ。

皆さん、私と一緒にグラスを掲げてください。

陛下方、ご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

日本とオランダ王国との友好に乾杯!

ベル!

ハーグへ(2日目)

ハーグの連邦議会を訪問

ハーグの連邦議会を訪問

木曜日の午前、天皇陛下はハーグの連邦議会を訪問されました。

上院議事堂にて、上院議長のメイ・リー・ボス氏、下院議長のトム・ファン・カンペン氏と会談されました。

首相主催昼食会に出席

オランダ・ハーグで首相主催昼食会に出席 フェルメールの絵画で世界的に有名なマウリッツハウス美術館

オランダを公式訪問中の天皇陛下は、公式行事が始まって2日目、政治の中心地ハーグを訪れ、首相主催の昼食会に出席されました。

【画像】天皇皇后両陛下がオランダの戦争被害者団体の代表2人と懇談 代表らは両陛下の真摯な供花やスピーチに感謝示す 晩さん会後に

天皇陛下は現地時間の18日、オランダの政治の中心地ハーグを訪問されています。

まず上院を訪れ、上下両院議長と懇談したあと、世界的に有名なマウリッツハウス美術館を訪問されました。この美術館で行われるオランダのイェッテン首相主催の昼食会に出席するためで、陛下はイェッテン首相の出迎えを受けられました。

イェッテン首相は現在39歳で、オランダ史上最年少で首相となりました。17日、両陛下が戦没者記念碑に供花される際も同行しています。

現地時間の午後0時半すぎ、天皇陛下はオランダのウィレム・アレキサンダー国王とともに昼食会場に入られました。

陛下はイェッテン首相の隣に着席されました。

冒頭、首相が乾杯のあいさつをします。

陛下は国王や首相らと乾杯されました。

続いて陛下が立ち上がり、あいさつをされます。

****以下日本語訳****

国王陛下、首相閣下、御出席の皆様、ただ今のイェッテン首相の温かい歓迎の言葉に深く感謝いたします。

日本と貴国の間では、政治、経済、文化・芸術、科学技術、教育など、様々な分野において安定した協力が行われています。イェッテン首相を始めとする貴国の多くの方々が、両国民の間の友好の絆(きずな)を強めるために努力しておられることに心より敬意を表します。

また、先ほど拝見した「真珠の耳飾りの少女」が、8月から大阪にて開催される「フェルメール展」に出展されることを嬉(うれ)しく思います。多くの日本国民が、フェルメールのすばらしい絵画を間近で拝見することを楽しみにしています。

両国民が、400年以上の長きにわたる両国関係の上に立って、お互いの友好協力関係をより重層的なものとし、次世代を担う若者や子供たちのために一層深めていくことを心から希望しております。

ここに、この度の私共の訪問にあたっての御配慮に感謝し、国王陛下、首相閣下の御健勝と、両国民の末長い友好を願って、杯を挙げたく思います。

*************

陛下はあいさつのあと、国王、首相らと再び乾杯されました。天皇陛下はこの昼食会に先立ち、首相と懇談したほか、美術館の所蔵する名画フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞されました。

陛下は2006年のオランダでの静養の際も、皇后さまとともにマウリッツハウス美術館を訪れ、ベアトリックス女王と一緒に「真珠の耳飾りの少女」などを鑑賞されています。

フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」は、マウリッツハウス美術館で最も人気がある絵画で、日本にも1984年以降3回貸し出され、今年の夏、再び大阪で展示されることになっています。

2026年6月18日 日テレNEWS

国際司法裁判所を訪問

オランダ滞在の陛下、平和宮訪問 「真珠の耳飾りの少女」も鑑賞

オランダ滞在中の天皇陛下は18日、首都アムステルダムを離れて政治の中心地・ハーグを訪問された。マウリッツハイス美術館でイェッテン首相と懇談した後は、ウィレムレクサンダー国王が合流。オランダを代表する画家フェルメールの名作「真珠の耳飾りの少女」をともに鑑賞し、昼食会に臨んだ。午後はお一人で国際司法裁判所(ICJ)が入る建物「平和宮」を訪れた。

平和宮は国家間の紛争や法律問題を解決する場で、開設にあたって各国が美術品や調度品を寄贈した。陛下は、日本から贈られた西陣織が壁一面に飾られた部屋「日本の間」や、歴代所長の肖像画が飾られている「赤の間」などを見て回った。第22代ICJ所長で皇后雅子さまの父、小和田恒(ひさし)さんの肖像画も飾られていた。

 陛下は、国際連盟で活躍し、アジア人初の常設国際司法裁判所(ICJの前身)で所長を務めた安達峰一郎(1869~1934年)に関心を示し、肖像画の場所を尋ねていた。

 この日は、ICJの岩沢雄司所長が陛下を案内した。岩沢所長は取材に「国際裁判所は国際紛争を平和的に処理するのが任務。事件が多くなっているとお伝えしたら、(陛下から)ねぎらいの言葉がありました」と話していた。

 陛下は前日の晩さん会のおことばで、ICJに言及。ウィレムアレクサンダー国王もスピーチで、皇后雅子さまに「私たちは、お父上が果たされた役割に敬意を表します。世界各地の紛争の平和的解決に尽力されました」と語りかけていた。

2026年6月18日 毎日新聞

ライデン大学訪問

天皇陛下 国王出身のオランダ最古の大学へ

オランダを公式訪問している天皇陛下は、ウィレム・アレキサンダー国王をはじめ、数多くの著名人を輩出しているオランダ最古の大学を視察されました。

天皇陛下は現地時間の18日午後、オランダ西部のライデンにあるライデン大学を訪ねられました。

ライデン大学は1575年に設立されたオランダ最古の大学で、ウィレム・アレキサンダー国王やNATOのルッテ事務総長など数多くの著名人を輩出しています。

天皇陛下は国王とともに大学の正門で集まった市民らの歓声に手を振って応えられました。

卒業生たちの記念のサインが壁一面に書かれた部屋で国王がみずからのサインを指し示すと、天皇陛下は笑顔を見せ、記念撮影に応じられていました。

そして、大学付属の植物園で教授や学生と懇談し、大学の修士課程で日本の美術について研究している学生に、天皇陛下は、「なぜ美術に興味を持ったのですか」と尋ねられていたということです。

懇談した修士課程のアンナ・ファン・アルクさんは、「本当に優しい方でした。自分の研究に興味を持って質問をしてくれてうれしかったです」と話していました。

2026年6月19日 NHK

アムステルダムの国立博物館を訪問

https://twitter.com/koninklijkhuis/status/2067710128862748839

オランダ最終日

プリンセス・マキシマ小児がんセンターを訪問

天皇皇后両陛下 オランダで小児がんセンター訪問

天皇皇后両陛下は、公式訪問先のオランダで小児がんセンターを訪問し、子どもたちと交流されました。

現地時間19日午前、両陛下は、オランダ・ユトレヒトにある「プリンセスマキシマ小児がんセンター」に足を運び、子どもたちの出迎えを受けられました。

この病院は、マキシマ王妃が支援・啓発に携わるヨーロッパ最大の小児がんセンターです。

皇后さまは、しゃがんで患者の子どもと目線を合わせ、「きれいなお花だね」などと声をかけられていました。

また、国王は子どもたちに両陛下について「日本から来た大事なお客さまです」などと説明していたということです。

その後、センターの玄関口で国王夫妻が両陛下を見送りました。

今回の訪問で4人が一緒になるのは、この場が最後になるため、両陛下と国王夫妻は名残惜しそうに別れを惜しまれていました。

2026年6月20日 TBS NEWS DIG

両陛下がオランダ国王夫妻とお別れ 小児がんセンターで子供と交流


オランダ訪問中の天皇、皇后両陛下は19日、ウィレムアレクサンダー国王、マキシマ王妃と共に「プリンセス・マキシマ小児がんセンター」を視察された。4人は治療を受ける子供や研究者らと交流。

両陛下はこの日でオランダでの日程を終えるため、視察後に国王夫妻と名残惜しそうに別れのあいさつを交わした。

 両陛下はこの日、アムステルダム近郊のユトレヒトにあるセンターに到着。

国王夫妻は子供らに「日本から来た大切なお客さまです」などと両陛下を紹介。患者の中には日本人もおり、天皇陛下は「異国の地での治療は大変でしょう」と気遣う言葉を掛けていた。

2026年6月20日 毎日新聞

オランダの公園で桜を植樹 東日本大震災の追悼記念碑で黙とう

オランダの公園で桜を植樹 東日本大震災の追悼記念碑で黙とうも

オランダを公式訪問中の天皇皇后両陛下は「アムステルダムの森公園」を訪問し、桜を植樹されました。

天皇皇后両陛下は現地時間の19日午後アムステルダムに隣接したアムステルフェーン市にある「アムステルダムの森公園」を訪問されました。

この公園の中には、2000年の日蘭交流400周年を記念してオランダ在住の日本人女性の団体の発案によりオランダ側と協力して桜の木が植えられた「桜エリア」があります。

両陛下はこの場所で記念植樹に臨まれます。

両陛下は在オランダ日本商工会議所会頭とオランダ日本婦人の会会頭から挨拶を受けられました。

アムステルフェーン市長のスピーチを聞いたあと両陛下は市長の案内で桜の若木の方へと進まれました。

両陛下がスコップを受け取り盛り土をとって桜の若木の植え際に丁寧に土をかけられていきました。

この植樹に先立ち、両陛下は、2011年の東日本大震災の翌年に建立された東日本大震災の追悼記念碑を訪れ、黙祷を捧げられました。

両陛下はこのあとアムステルダム市内のホテルで日本にゆかりのあるオランダ人や在留邦人らと懇談されます。

この日で両陛下はオランダでの全ての日程を終えることとなり、20日は、オランダを政府専用機で出発して2か国目の訪問先ベルギーに入られます。

2026年6月20日 日テレNEWS

ブロッサムパークはアムステルダムとその周辺に住む日本人コミュニティにとって愛されている場所。
400本の桜の木は2000年にオランダ在住の日本人女性協会から贈られたもので、オランダと日本の絆を象徴しています。

オランダ訪問(総集編)

オランダ訪問(総集編)

0:00 マウリッツハウス美術館

0:50 オランダ イェッテン首相(39)オランダ史上最年少の首相

3:55 フェルメール「真珠の耳飾りの少女」

6:05 首相主催の昼食会

6:25 イェッテン首相スピーチ

10:25 天皇陛下英語のお言葉ノーカット(和訳付き)

13:12 平和宮

15:15 絵画「真珠の耳飾りの少女」の真珠の耳飾りに似た天皇陛下のカフス

15:48 ウィレム・アレキサンダー国王の母校ライデン大学

16:32 ライデン大学「汗の間」

19:22 天皇陛下記帳

19:40 アムステルダム国立博物館

20:42 マキシマ王妃

21:42 大規模な修復作業中のレンブラントの絵画「夜警」

2026年6月19日 日テレNEWS

天皇皇后両陛下がオランダを出発しベルギーへ

天皇皇后両陛下がオランダを出発しベルギーへ

天皇皇后両陛下がつい先ほど、次の公式訪問先であるベルギーへ向け出発されました。

現地時間の午前10時ごろ、両陛下は、オランダ・アムステルダムの空港で見送りの関係者らと挨拶を交わされました。その後、政府専用機に乗り、今回の訪問で2か国目となるベルギーに向けて出発されました。

今年は、日本とベルギーの外交関係樹立160周年にあたり、現地時間23日には歓迎式典や晩さん会に臨まれます。

両陛下のベルギー訪問は1999年に国王夫妻の結婚式に出席されて以来、27年ぶりです。

おふたりは今月13日からきょうまでオランダを訪問していて、さまざまな場所で国王夫妻らと交流を育んだほか、第二次世界大戦で亡くなった人を悼む記念碑に花をたむけ黙とうを捧げられました。

2026年6月20日 TBS NEWS DIG

天皇皇后両陛下 ベルギーに到着 国王夫妻の長女エリザベート王女が出迎え 27年ぶりの公式訪問

天皇皇后両陛下は、さきほど2か国目の公式訪問先であるベルギーに到着されました。

天皇皇后両陛下は、現地時間の20日午前11時半すぎ、ベルギー・ブリュッセルのメルスブルク軍用空港に政府専用機で到着されました。

【特集】両陛下 友好160年のベルギー訪問~世代を超えた王室との交流

両陛下は機内からタラップの上に姿を見せるとラッパ隊による演奏を聞かれました。空港には、ベルギーのフィリップ国王夫妻の長女で、皇太子のエリザベート王女が出迎え、両陛下はにこやかに言葉を交わされました。王女の紹介で両陛下は出迎えたベルギー側の関係者とにこやかに挨拶を交わされました。

今年、日本とベルギーは外交関係樹立160周年の節目にあたります。

日本の皇室とベルギー王室は長年にわたり親密な交流を続け、天皇陛下も学生時代からベルギー王室と交流されてきました。

高校2年の夏には旅行で初めてベルギーを訪れ、その後、イギリス留学中を含めて何度も訪問されてきました。

同い年のフィリップ国王も含め、家族ぐるみで親交を重ねられています。

また、天皇陛下が浩宮時代に初めて出席された外国王室の結婚式は、イギリス留学中の1984年9月、フィリップ国王の妹・アストリッド王女の結婚式でした。

陛下は皇后さまと結婚後、1999年12月、初めてお二人で皇太子時代のフィリップ国王とマチルド王妃の結婚式に出席されました。

翌2000年、新婚のフィリップ国王夫妻が来日すると両陛下は葛西臨海水族園に案内されました。

その後も国王夫妻は、2002年のサッカー日韓ワールドカップで両陛下と日本対ベルギー戦を観戦するなど、たびたび来日しています。
2019年には、ベルギー国王夫妻は「即位の礼」に出席し、両陛下と旧交を温めました。

2025年6月には、両陛下は大阪・関西万博のため来日した国王の妹・アストリッド王女夫妻を御所に私的に招き、愛子さまも同席して懇談されています。

両陛下はこのあと、「静かな環境で旧交を温めたい」というベルギー国王夫妻の特別な配慮により、ナミュール県南東部にある王室の別邸「シエルニョン城」に滞在されます。

その後、現地時間の22日にブリュッセルにあるラーケン宮に移動されます。

現地時間23日はブリュッセル王宮で歓迎式典に臨み、ブリュッセル市庁舎に訪問するほか、ベルギー首相との面会や、連邦議会での上院下院の本会議場視察を行い、夜はベルギー国王夫妻主催の晩さん会に出席し、陛下がおことばを述べられる予定です。

現地時間24日には、陛下はナミュール市や、半導体研究開発機関「imec」やルーヴェン大学を訪問されます。

天皇皇后両陛下はさきほど、日本との外交関係樹立160周年を迎えたベルギーに政府専用機で到着されました。

両陛下のベルギー公式訪問は、1999年以来27年ぶりです。

2026年6月20日 日テレNEWS

ベルギー王室離宮シエルニョン城滞在

天皇皇后両陛下 ベルギーの離宮シエルニョン城で国王一家と8ショット

天皇皇后両陛下が公式訪問先のベルギーで、国王一家とともに報道陣の前に姿を見せられました。

現地時間21日夜、両陛下はフィリップ国王、マチルド王妃とともに、離宮「シエルニョン城」の敷地内で記念撮影に応じられました。また、エリザベート王女(24)ら国王夫妻の4人の子どもも集まり、笑顔を見せていました。

おふたりは、現地時間13日から20日までオランダを公式訪問していて、20日に、隣国ベルギーに移動されました。

ベルギー到着以降は、王室の招待により首都ブリュッセルからおよそ100キロ離れた離宮に滞在し、国王一家と交流されています。

おふたりが、そろって複数の国を訪問するのは24年ぶりで、ベルギーを訪問するのは、1999年に国王夫妻の結婚式に出席されて以来、27年ぶりです。

長年親交があるベルギー王室と親睦を深められた両陛下。23日からは歓迎式典がスタートします。

2026年6月22日 TBS NEWS DIG

昭和・平成・令和 ベルギーとの絆とは?

“困難な時期お互いに支援”昭和・平成・令和、ベルギーとの絆とは?

天皇皇后両陛下は、オランダに続き、ベルギーを公式訪問されています。ベルギーと日本は今年、外交関係樹立160周年となり、大切な節目に両陛下が訪問されたことになります。

そこで、今回の#みんなのギモンでは、「昭和・平成・令和 ベルギーとの絆とは?」をテーマに、その長く深い交流の歴史を振り返ります。

「静かな環境で旧交を…」国王夫妻の特別な配慮で王室別邸に滞在

20日、ベルギーに到着された際には、国王夫妻の長女・エリザベート王女が出迎え、にこやかに言葉を交わされました。

そして、両陛下は現在、首都ブリュッセルからおよそ100キロ離れた王室の別邸「シエルニョン城」に滞在されています。「静かな環境で旧交を温めたい」という国王夫妻の特別な配慮だということです。

21日午後の記念撮影では、フィリップ国王夫妻や4人のお子さまたちと和やかに笑顔で会話をされていました。

フィリップ国王は、陛下と同じ66歳です。お子さまたちですが、愛子さまと同じ24歳の長女・エリザベート王女、22歳の長男・ガブリエル王子、20歳の二男・エマニュエル王子、18歳の二女・エレオノール王女です。

ベルギーは1991年、王位継承を性別を問わず第1子とする制度に憲法が改正されました。そのため、王位継承順位1位はエリザベート王女となります。

鈴江奈々アナウンサー
「エリザベート王女は両陛下とは20年ぶり、オランダで会って以来の再会ということで、いろいろなお話に花が咲きそうな再会となりましたね」

当時30歳の陛下や、105年前に皇太子時代の昭和天皇も訪問

そして今回、ベルギー王室との交流の歴史を振り返る意味でも注目の日程があります。24日のルーヴェン大学への訪問です。

創立およそ600年と長い歴史を持つ大学なんですが、陛下が36年前に訪れている場所なんです。当時30歳の陛下が、レコード店で買い物をされる様子の映像もありました。

斎藤佑樹キャスター
「買い物されている姿も珍しいですよね」

実は、ルーヴェン大学で開かれた学会に出席するための私的な旅行でして、陛下は書店などにも入って、街歩きを楽しまれました。

ルーヴェン大学には105年前、皇太子時代の昭和天皇も訪れています。友好160周年にあたって、駐日ベルギー大使館が作ったパンフレットに掲載されている写真は、第一次世界大戦でがれきと化したルーヴェン大学の図書館を視察した時の様子です。昭和天皇は現地で大変な歓迎を受けたといいます。

そして、多くの貴重な蔵書を失った大学への支援として、日本は1万3000冊もの書籍をルーヴェン大学に贈りました。この頃から、日本の皇室とベルギー王室の交流がはじまりました。

パンフレットには「困難な時期、ベルギーと日本は互いに支援の手を差し伸べてきました」とあり、東日本大震災、能登半島地震などでベルギーから日本に支援が行われたことなども紹介されています。

今回の訪問で陛下は、日本から蔵書が贈られた歴史に触れられる予定で、長年にわたる日本とベルギーの絆を再確認する訪問となりそうです。

森圭介アナウンサー
「第一次世界大戦の戦勝国という絆もあってということだったのでしょうが、こういった絆というのが、時を経て今でも脈々と受け継がれているというのが素晴らしいですよね」

皇室とベルギー王室の交流

長きにわたる絆を支えてきたのが、世代を超えた家族ぐるみの交流なんです。

1984年には珍しい場面もありました。ベルギーの空港で、当時のボードワン国王と一緒にイギリス留学中の陛下が上皇ご夫妻を出迎えるという場面です。

上皇ご夫妻がアフリカを訪問される際にベルギーに立ち寄ることになり、国王のはからいで留学中の陛下も合流されたんです。

このように、上皇ご夫妻とベルギーの歴代の国王夫妻はお互いの国をたびたび訪問され、親密な関係を築いてきました。

そして、現在の国王夫妻と両陛下は即位前から交流がありました。1999年、お2人の結婚式に両陛下が出席され、翌年には新婚の国王夫妻が来日。両陛下が葛西臨海水族園を案内されました。

そして2002年には、サッカー日韓ワールドカップの日本対ベルギー戦を埼玉スタジアムで一緒に観戦されました。

斎藤佑樹キャスター
「先日、オランダの国王夫妻とも一緒に観戦されたのが話題になりましたが、ベルギーもサッカー強豪国ですもんね」

先日のオランダ戦は、2対2の引き分けでした。陛下は「ピースフルな結果にホッとした」と、ユーモアを交えて振り返られていましたが、実は、この日韓ワールドカップの時のベルギー戦も、2対2の引き分けだったんです。

森圭介アナウンサー
「なにか不思議なご縁があるんでしょうかね」

そして、2012年には、マチルド王妃が東日本大震災で被災した宮城県東松島市を訪問し、被災者に直接、励ましの言葉をかけられました。昭和天皇の時代から、支援の交流も続いています。

鈴江奈々アナウンサー
「こうやって長きにわたって交流を続けるということが、さまざまな歴史を超えて絆を強めていくという意味でも、とても大事なことですよね」

23日は、国王夫妻主催の晩さん会が予定されています。

また、今回の訪問について、駐日ベルギー大使に話を伺いましたが、「ベルギーと日本は、信頼に基づく安定した関係を築いており、それを最も象徴するのが、皇室と王室の間にある友情です。両国の友好関係をさらに深めていくことができるでしょう」と期待を寄せていました。

晩さん会では、陛下がおことばを述べられます。

2026年6月22日 日テレNEWS

天皇皇后両陛下ブリュッセル「ラーケン宮」到着

ブリュッセル「ラーケン宮」到着 23日歓迎式典や国王夫妻主催晩さん会へ

ベルギーを公式訪問中の天皇皇后両陛下は、23日からの公式行事を前に、22日、首都ブリュッセル北西部の「ラーケン宮」に到着されました。

天皇皇后両陛下は現地時間の22日、首都ブリュッセルに入り午後3時半すぎ、ブリュッセルの北西部にある国王一家のお住まい「ラーケン宮」に到着されました。

20日にベルギーに入ってからは長年にわたる皇室と王室の親交を踏まえ、「静かな環境で旧交を温めたい」というベルギーのフィリップ国王夫妻の特別な配慮により、ブリュッセルからおよそ100キロ離れたナミュール県南東部にある王室の別邸「シエルニョン城」に滞在されていました。

シエルニョン城では21日、フィリップ国王夫妻と長女で皇太子のエリザベート王女など4人のお子さまと共に撮影に応じたあと、午後9時ごろまで夕食を共にされたということです。

このうち愛子さまと同い年のエリザベート王女など3人のお子さまは、20年前の2006年にオランダで会われていました。

両陛下と国王一家は、美しい景色を眺めながら庭で親しく食事を楽しんだということで、両陛下は、家族全員で夕食にきていただき、心あたたまる和やかなひとときを持てたことを大変感謝されているということです。

23日はブリュッセル王宮での歓迎式典や、「世界で最も美しい広場」として知られ世界遺産になっている広場「グラン・プラス」に面したブリュッセル市庁舎訪問などが予定されています。

夜はベルギー国王夫妻主催の晩さん会に出席し陛下がおことばを述べられます。

2026年6月23日 日テレNEWS

天皇皇后両陛下ベルギー国賓訪問開始(1日目)

歓迎式典に出席

天皇皇后両陛下ベルギー歓迎式典に出席 ブリュッセル王宮で国王夫妻と共に 27年ぶりの公式訪問

ベルギーを公式訪問中の天皇皇后両陛下は、ブリュッセル王宮前の広場で国賓として歓迎式典に臨まれました。

天皇皇后両陛下は、現地時間の23日午前10時半ごろ、ベルギーのブリュッセル王宮前の広場に到着されました。

天皇陛下が国王と共に儀仗隊を観たあと、天皇皇后両陛下と国王夫妻が演台の上で、軍楽隊による両国国歌の演奏を聞かれました。

その後、両陛下は国王夫妻とともにブリュッセル王宮の門の前に移動し、写真撮影が行われました。

歓迎式典が行われているブリュッセル王宮は、国王が公式な謁見などを行い、執務を行う場所です。国王や王妃、ほかの王族の執務室などがあり、国内の要人との接見や外国からの賓客の接遇など様々な活動が行われています。

現在のベルギーがオーストリア領ネーデルラントだった時代に総督の公邸として建設され、オランダ統治時代を経て、ベルギー王国建国後に国王が執務を行う場所となりました。夏の間は一般公開も行われています。

両陛下は、22日からブリュッセル北東部にある国王一家のお住まい「ラーケン宮」に滞在されています。

22日、到着の際は国王と王妃が出迎え、その後、両陛下に宮殿内を案内したということです。また、天皇陛下はラーケン宮に宿泊されたことがありますが、皇后さまは初めてだということです。

日本とベルギーの交流は、1866年に江戸幕府とベルギーの間で交わされた日白修好通商条約締結にさかのぼり、今年で160周年を迎えます。

皇室とベルギー王室の交流の出発点は、1882年の有栖川宮熾仁親王のベルギー訪問です。事前の約束なく訪問したそうですが、当時のレオポルド2世国王は、晩さん会を開くなど手厚くもてなしたといいます。

その後、皇太子時代の昭和天皇が1921年にヨーロッパを旅行した際にベルギーを訪れ、1971年には昭和天皇は香淳皇后と共に天皇の初の外国訪問としてヨーロッパを回った際、最初に訪ねた公式訪問国がベルギーでした。

友好関係が深まったきっかけは、上皇さまとボードワン国王との出会いです。皇太子時代の1953年にイギリスのエリザベス女王の戴冠式に出席した際、ベルギーも訪問されました。その時、3歳年上のボードワン国王が上皇さまを家族のように迎えられたといいます。

上皇ご夫妻は、1973年のスペイン訪問の帰りや、1981年のイギリスのチャールズ皇太子とダイアナ元妃の結婚式に参列した際などたびたびベルギーに立ち寄り、ボードワン国王夫妻と交流を重ねられてきました。

1984年のアフリカ訪問時のお立ち寄りでは、当時イギリス留学中だった天皇陛下もボードワン国王のはからいで合流されました。この時、国王夫妻は隣国のオランダ女王夫妻を夕食会にひそかに招き、先の大戦で難しい関係にあった日本とオランダとの間を取り持とうとしてくれたということです。

ボードワン国王の葬儀の際は、上皇ご夫妻が海外の王室の葬儀に天皇皇后として初めて出席されました。王宮から大聖堂までの葬列で、最前列の中央を上皇ご夫妻が歩かれました。

天皇陛下も、学生時代からベルギー王室と交流されてきました。高校2年の夏には旅行で初めてベルギーを訪れ、その後、イギリス留学中を含めて何度も訪問し、同い年のフィリップ国王も含め、家族ぐるみで親交を重ねられています。

また、天皇陛下が浩宮時代に初めて出席された外国王室の結婚式は、イギリス留学中の1984年、フィリップ国王の妹アストリッド王女の結婚式でした。

陛下は皇后さまと結婚後、1999年、初めてお二人で皇太子時代のフィリップ国王とマチルド王妃の結婚式に出席されました。

翌2000年、新婚のフィリップ国王夫妻が来日すると、両陛下は葛西臨海水族園に案内されました。

その後も国王夫妻は、2002年のサッカー日韓ワールドカップの機会など、たびたび来日しています。

2019年には、ベルギー国王夫妻は「即位の礼」に出席し、両陛下と旧交を温めました。

このあと、両陛下と国王夫妻でブリュッセル王宮内の大ギャラリーで公式写真を撮影されます。

さらに、2階でベルギー側の随員の紹介を受け、続いて日本側の随員を紹介されます。

両陛下は、歓迎式典の後は「世界で最も美しい広場」ともいわれ、ユネスコ世界文化遺産になっている「グラン・プラス」に面したブリュッセル市庁舎を訪問されることになっています。

2026年6月23日 日テレNEWS

ブリュッセル市庁舎訪問

天皇皇后両陛下 ブリュッセル市庁舎訪問 “世界で最も美しい広場”「グラン・プラス」に向かいお手振り

ベルギーを公式訪問中の天皇皇后両陛下は、ブリュッセル市内の「世界で最も美しい広場」とも言われる「グラン・プラス」に面したブリュッセル市庁舎を訪問されています。両陛下はバルコニーに姿を見せ市民に手を振られました。

天皇皇后両陛下は、現地時間の23日午前ブリュッセル王宮で歓迎式典に臨んだ後ブリュッセル市庁舎を訪れフィリップ国王夫妻の出迎えを受けられました。

この市庁舎は、15世紀に建てられたゴシック様式の建物で、1998年、市庁舎を含む広場「グラン・プラス」はユネスコの世界文化遺産に登録されました。「グラン・プラス」は「世界で最も美しい広場」として多くの観光客が集まる場所となっています。

両陛下と国王夫妻はブリュッセル市庁舎のバルコニーに姿を見せ、歓迎のため集まった市民らに笑顔で手を振られました。

天皇陛下は1990年、皇太子時代に学会出席のためベルギーを訪問した際にも、このブリュッセル市庁舎を訪れ広場にいる人たちに向かって手を振られました。この時は2年に1回行われる花の祭典「フラワーカーペット」が「グラン・プラス」で行われていて、陛下は花による巨大な絨毯をご覧になりました。

また1993年に天皇皇后時代の上皇ご夫妻が国賓としてベルギー訪問した際、当時即位したばかりだったアルベール2世、パオラ王妃夫妻とともに集まった市民らに手を振られています。

同じ場所で、天皇皇后両陛下が国王夫妻とともにバルコニーに登場し、手を振られました。

両陛下は市庁舎到着後中庭で市長と挨拶を交わし、入り口で現地の日本人学校などに通う子どもたちから花束を受け取られました。さらに国王夫妻とともに記念写真を撮影し、市長室で国王夫妻とゲストブックに記帳し、市長と懇談されました。

その後、現地の日本人学校と補習校に通う小学4年生から中学3年生までの児童生徒およそ50人と交流されました。

2026年6月23日 日テレNEWS

歓迎式典ノーカット動画

天皇皇后両陛下ブリュッセル「ラーケン宮」到着からブリュッセル王宮前の広場で歓迎式典までたっぷり見せます

0:00 天皇皇后両陛下はシエルニョン城を後にし、首都ブリュッセル北西部にある「ラーケン宮」に到着

0:30 フィリップ国王とマチルド王妃の出迎え

9:15 ベルギー・ブリュッセル王宮前広場で歓迎式典

14:30 君が代

19:15 ブリュッセル王宮内へ

24:45 フィリップ国王夫妻と写真撮影

25:50 両陛下 記帳 

27:55 写真や手紙が

天皇皇后両陛下は現地時間の22日午後3時すぎ、ベルギーのナミュール県南東部にある王室の別邸「シエルニョン城」から、国王一家のお住まいである首都ブリュッセルの「ラーケン宮」に移られました。

両陛下はフィリップ国王とマチルド王妃の出迎えを受け、笑顔で挨拶し、4人で和やかに談笑しながらラーケン宮に向かわれました。

天皇皇后両陛下は、現地時間の23日午前10時半ごろ、ベルギーのブリュッセル王宮前の広場に到着されました。 天皇陛下が国王と共に儀仗隊を観たあと、天皇皇后両陛下と国王夫妻が演台の上で、軍楽隊による両国国歌の演奏を聞かれました。

その後、両陛下は国王夫妻とともにブリュッセル王宮の門の前に移動し、写真撮影が行われました。

歓迎式典が行われているブリュッセル王宮は、国王が公式な謁見などを行い、執務を行う場所です。国王や王妃、ほかの王族の執務室などがあり、国内の要人との接見や外国からの賓客の接遇など様々な活動が行われています。

現在のベルギーがオーストリア領ネーデルラントだった時代に総督の公邸として建設され、オランダ統治時代を経て、ベルギー王国建国後に国王が執務を行う場所となりました。夏の間は一般公開も行われています。

2026年6月24日 日テレNEWS

ベルギー連邦議会を訪問

天皇陛下がベルギー連邦議会を訪問

天皇陛下が、ベルギー上院(元老院)と下院(代議員)を訪問された。

https://twitter.com/WDehandschutter/status/2069427524786937960

そして、ゴールデンブックに署名された。

https://twitter.com/WDehandschutter/status/2069411065964667055

上院議長(右)と下院議長(左)と記念撮影される天皇陛下

晩さん会出席

天皇皇后両陛下ベルギーで晩さん会出席 「四世代にわたるご縁に近しさを感じ」 国王は陛下の”健脚”たたえる

天皇皇后両陛下は、ベルギーで国王夫妻主催の晩さん会に出席されました。

天皇皇后両陛下は現地時間の23日夜、ベルギー国王夫妻主催の晩さん会に臨まれました。

陛下は、お言葉のなかで1921年の昭和天皇の初訪問以来の皇室とベルギー王室の長い交流を振り返ると共に、昭和天皇、上皇さま、陛下が、ベルギーの3人の国王とほぼ同い年であることに触れ、こう話されました。

「更にはご長女のエリザベート王女殿下と私たちの長女の愛子が2001年生まれの同い年であるという、四世代にわたるご縁に近しさを感じています」「今回の私と皇后の貴国への国賓訪問を通じて、長きにわたって続く交流の歴史に、新しい1ページを加えることができることをうれしく思います」「Proost!(オランダ語で「乾杯」) Sante !(フランス語で「乾杯」)」

陛下は、ベルギーの2つの公用語オランダ語とフランス語で乾杯の発声をされました。

またフィリップ国王はかつて陛下と共にジョギングした思い出に触れ、「陛下のペースについて行くのは容易ではありませんでした」とユーモア交えて陛下の健脚をたたえました。

晩さん会には皇太子のエリザベート王女を始め、国王夫妻の4人のお子さまも初めて出席しました。

2026年6月24日 日テレNEWS

晩さん会における天皇陛下のおことば

ベルギー国王王妃両陛下主催晩餐会における天皇陛下のおことば(令和8年6月23 日、於:ラーケン宮)

フィリップ国王陛下、マチルド王妃陛下、御列席の皆様、Bonsoir(フランス語で「こんばんは」), Goedenavond(オランダ語で「こんばんは」)

今宵は、このように素晴らしい晩餐会を催していただき、また、只今国王陛下より心温まる歓迎のおことばを頂きましたことに、厚く御礼申し上げます。

この度、日・ベルギー両国の友好160 周年の記念すべき年に、国王王妃両陛下の御招待により、皇后と共に国賓として貴国を訪問し、両陛下と親交を深めることができますことをうれしく思います。

私たちの訪問の実現に向けて、国王王妃両陛下を始め、貴国の皆様から多大なる御配慮と御尽力を頂いたことに心から感謝申し上げます。

先週末には、両陛下のお心遣いにより、美しいシエルニョン城にお招きいただきましたことにもあわせて深く御礼申し上げます。

私が初めてベルギーを訪問したのは、今からちょうど50年前の1976年でした。その折には、私の母が、学生時代に宿泊したブルージュ郊外にあるアールトリック城に私も泊めていただき、母もお世話になったドゥ・マール・ダールトリック家の皆さんにたいへん良くしていただきました。

また、当時のボードワン国王陛下、ファビオラ王妃陛下のお招きを受け、スペインのモトリルにある両陛下のご別荘に伺い、家族の一員のようなおもてなしをいただいたことも懐かしく思い出します。

1983年から85年の英国留学中にも、ボードワン国王陛下、ファビオラ王妃陛下のお招きにより、アストリッド王女殿下のご結婚式に出席したり、ファビオラ王妃陛下と御一緒にエリザベート王妃国際音楽コンクールを鑑賞するなど、何度かベルギーに伺いました。

1984年に、私の両親である上皇上皇后両陛下が皇太子同妃としてアフリカ御訪問の途次にベルギーに立ち寄られた際には、私もこのラーケン宮にお招きいただき、ボードワン国王陛下、ファビオラ王妃陛下、当時王弟でいらっしゃったアルベール王子殿下、さらにはオランダのベアトリックス女王陛下も御一緒に楽しいひとときを過ごしたことも、忘れ得ぬ思い出です。

雅子との結婚後、1999年には当時皇太子でいらしたフィリップ国王陛下の御結婚式に御招待をいただいて二人で出席し、マチルド王妃陛下とも初めてお会いして、以来御夫妻と親しくおつきあいを重ねてきました。ベルギーの経済ミッションを率いて訪日された際などに度々お会いし、東京都内の施設をご一緒に訪れたりすることができたこともうれしいことでした。

我が国の皇室とベルギー王室の間の長きにわたる交流は、私の祖父である昭和天皇が皇太子としてベルギーを訪問した1921年に遡ります。

その後、私の父である上皇陛下が1953年に皇太子として英国のエリザベス2世女王陛下の戴冠式に参列した際に、当時のアルベール王子殿下もご出席になっておられ、同世代の若い皇族・王族同士として初めてお会いになったと伺っています。

そして、その後の旅の途上でボードワン国王陛下にラーケン宮にお招きいただいたことをきっかけにして、深い交友関係を築かれたことは、今日の両国の皇室と王室との親交の土台となりました。

興味深いことに、フィリップ国王陛下の御祖父に当たられるレオポルド3世国王陛下と私の祖父昭和天皇は1901年の同い年の生まれであり、父上であられるアルベール2世国王陛下と私の父は1年違いの1934年と33年、フィリップ国王陛下と私は1960年の同い年の生まれ、更にはご長女のエリザベート王女殿下と私たちの長女の愛子が2001年生まれの同い年であるという、四世代にわたるご縁に近しさを感じています。

フィリップ国王陛下におかれては、2019年にマチルド王妃陛下と御一緒に私の即位の礼に御参列いただいたのを含め、これまでに12回も訪日いただいていますが、今回の私と皇后の貴国への国賓訪問を通じて、長きにわたって続く交流の歴史に、新しい1ページを加えることができることをうれしく思います。

日本とベルギーの友好関係は、1866年に結ばれた日白修好通商航海条約によって始まりました。その後、我が国は西洋の制度や技術に学び、国の近代化を進めるため、1871年から73年まで、ベルギーを含む欧米12 か国に使節団を派遣しました。

使節団の記録によると、当時のベルギーは独立して日が浅い国ながら、国民が勤勉に働き、産業や交易が発展しており、経済と産業の振興に着手しつつあった日本の模範となる国であるとの印象を受けたようです。

その後、貴国が欧州統合の流れの中で、欧州の政治的・経済的な重要拠点となったこともあり、多くの日本企業が貴国に進出し、両国のつながりはますます密接なものになっています。

また、近年は、水素や洋上風力発電、半導体、ライフサイエンスなど、将来を見据えた新しい分野においても、両国間の協力関係が深められていることを心強く感じています。

一昨年5月には、フィリップ国王陛下御自ら日本とのビジネスラウンドテーブルを主催していただき、様々な課題について日本企業の声に耳を傾けていただいたと伺っており、心より感謝申し上げます。

さらに、両国の間では様々な分野で活発な交流が行われており、例えば、歴史あるエリザベート王妃国際音楽コンクールで日本人が顕著な成績を収めるなど、芸術・文化の分野で交流が発展していることを大変うれしく思います。

また、サッカーのベルギーリーグでは多くの若く才能ある日本人選手が活躍しています。日本と韓国がサッカー・ワールドカップを共催した2002年に、訪日されたフィリップ皇太子殿下、マチルド妃殿下と御一緒に日本・ベルギーの熱戦を観戦したことは、私と皇后にとって大変に良い思い出です。

現在開催中のワールドカップで、両国の対戦がこの先あるかどうか今のところ分かりませんが、両国代表チームの健闘を祈りたいと思います。

今朝、歴史あるブリュッセル市庁舎において、ベルギーで学ぶ日本人やベルギー人の生徒たちと会うことができました。明日は、ワロン地域のナミュール、フランダース地域のルーヴェンを訪問し、豊かなベルギーの地方文化に触れるとともに、若い世代の皆さんとも交流できることを楽しみにしています。

日本とベルギー両国が古くからのかけがえのない友邦として、今後とも永続的な友好親善と協力関係を築いていくことを心から願うとともに、国王王妃両陛下の御健勝、両国の末永い友好と両国国民の幸せを祈り、杯を挙げたく思います。

Proost!(オランダ語で「乾杯」) Sante !(フランス語で「乾杯」)

(表記は宮内庁公表の通り)

ベルギー国王陛下の晩さん会でのスピーチ

ベルギー国王陛下による、日本の天皇皇后両陛下を歓迎する国賓晩餐会における演説

国王陛下、閣下、紳士淑女の皆様、

マティルド王妃と私は、このたびの国賓訪問でラーケンへお迎えできることを大変嬉しく思っております。私たちは長らく、王妃のベルギーへのご訪問を心待ちにしておりました。

今回の訪問は、両国間、そして両家族間の関係において重要な節目となるものです。

1882年、レオポルド2世国王の招待により有栖川宮中臣がベルギーを訪問した際、日本への関心が高まりました。この会見が、すぐ近くにある日本塔の建設のきっかけとなり、私たちはこの塔を大変誇りに思っており、明後日見学する予定です。

しかし、ベルギーへの初期の日本人訪問の中で最も記憶に残るものは、1921年の昭和天皇の訪問でした。昭和天皇は、廃墟と化したルーヴェン市、特に破壊された図書館を訪れました。深く心を動かされた天皇は、復興への支援を約束されました。私たちは天皇の寛大なご厚意に永遠に感謝し、明日、この遺産を称えます。この歴史的な訪問から50年後の1971年、昭和天皇は日本の天皇として初めてベルギーを公式訪問されました。

陛下、私がまだ幼かった頃、叔父のボードゥアン国王と共にここラーケンで過ごした日々を懐かしく思い出します。今日は、国王ご自身が撮影された、心温まる家族写真の数々を拝見しました。

1985年、私は初めて貴国を訪れる機会に恵まれました。日本の魅力的な文化と美しさに深く感銘を受けました。訪問するたびに、温かく迎え入れていただき、中でも本格的な茶道体験は大変貴重な経験となりました。以来、日本は私にとって馴染み深い国であり続けています。

皇太子時代、私たちは東京の美しい皇居公園や、ここラーケンの公園でよくジョギングをしていました。今夜、正直に申し上げましょう。あなたの素晴らしい体力には感銘を受けました。ついていくのが大変でしたよ…。

結婚後間もなく、2000年にマティルド王妃と私は日本を訪問しました。その際も、雅子皇后陛下をはじめ、ご家族の皆様から温かい友情と愛情を改めて感じました。

陛下、上皇明仁陛下と上皇美智子陛下に、心からの敬意と感謝の意をお伝えくださいますようお願い申し上げます。

陛下方、

忘れられない日本への国賓訪問から10年、今年は両国間の外交関係樹立160周年を祝います。この160年間、数え切れないほどの種が蒔かれ、あらゆる面で豊かな実を結び、花開いてきました。

これにより、ベルギーと世界との間で最も緊密な関係の一つが築かれた。

両国間の関係の深さは、決して過小評価されるべきではありません。分断が進み、団結や協力よりも分断を優先する傾向にある現代世界において、両国関係はますます重要な意味を持ちます。私たちが共に築き上げてきたものは、まさにその好例と言えるでしょう。

私たちは日本と、多国間主義、持続可能な開発、そして基本的価値観に基づく安全保障を支持するという、国際社会における強い信念を共有しています。

陛下方、

ベルギーにおける日本の経済活動は、ヨーロッパへの日本企業による最初の投資であるホンダから始まりました。今日、ベルギーの繁栄に貢献する数多くの日本企業がベルギーに進出していることを、私たちは誇りに思っています。これらの企業は、ベルギーに対する揺るぎない信頼と、確固たる長期的なコミットメントの証です。これらの企業は、関係者全員が共有する継続的な改善の精神に突き動かされています。彼らは目先の利益を追求するのではなく、持続可能で調和のとれた成長を目指しています。困難な時期にあっても、彼らは投資を続けます。ベルギーの日本企業コミュニティとの数十年にわたる個人的な交流を通して、私は彼らの忠誠心と公共の利益への信念に敬意を表したいと思います。

陛下、自然災害、気候変動、あるいは技術的故障によって引き起こされる現象に対するレジリエンス(回復力)を強化する取り組みが、陛下のお心に深く根ざしていることを承知しております。科学技術は、こうしたレジリエンスを高め、効果的な予防策を重視するための手段をますます多く提供しています。緊密な経済・科学協力のおかげで、私たちは変化をもたらし、現在および将来の世代にとって、より持続可能で安全な未来を確保することができるでしょう。

実際、日本とベルギーは現在、半導体、水素の実用化、再生可能エネルギー、光学・フォトニクス、バイオテクノロジー、デジタル経済といった分野において、最先端のソリューションを提供しています。私たちは、ハイブリッド脅威やサイバー攻撃に対するレジリエンスを高めることで、国民の安全確保に取り組んでいます。また、国民の健康を守り、必要な人々に適切なケアを提供しています。

陛下方、

私たちベルギー人にとって、日本は単なる経済大国や技術大国ではありません。おそらく何よりも、美と心身の調和を象徴する国と言えるでしょう。日本は、簡素さの中に洗練された美しさを湛えています。私たちは日本庭園を愛し、日本美術を高く評価しています。日本の多くの要素が、私たちの日常生活に自然に溶け込んでいるのです。

私たちが日本に抱く敬愛の念は真摯なものです。私を含め、多くのベルギー人が日本を訪れ、強い文化的アイデンティティ、深いおもてなし、そして生涯続く友情を発見してきました。

現代社会において、地球の反対側にあなたのような友人がいることは、本当にありがたいことです。あなたの訪問は、私たちが築いてきたかけがえのない特別な絆をさらに深め、広げていくための大きな励みとなります。

閣下、ご列席の皆様、

それでは、日本の天皇皇后両陛下の健康と幸福を祈って、乾杯をお願いいたします。

乾杯!

(2026年6月23日ラーケン城にて)

ナミュール・ルーヴェンを訪問(2日目)

フィリップ国王とともに、同国南部ナミュール市を訪問

天皇陛下ベルギー南部ナミュールを訪問 国王と同じ車で 伝統芸能に出迎えられ

天皇陛下はベルギー南部の地方都市ナミュールを訪問されました。

天皇陛下は現地時間の24日午前、フィリップ国王と同じ車で移動し、ベルギー南部のワロン地域の首都・ナミュール市を訪問されました。

陛下は、現地の伝統芸能の衣装を着た人々に音楽と共に出迎えられると、にこやかにその様子をご覧になっていました。

その後、ナミュール城内で2つの川の合流地点にあるナミュールが、水上交通・貿易の要衝としてローマ時代から発展するとともに、洪水被害に見舞われてきた歴史について説明を受けられました。

天皇陛下はこの後、昭和天皇にもゆかりのある大学のある町、ルーヴェンを訪問される予定です。

2026年6月24日 日テレNEWS

IMEC(アイメック)研究センター訪問

imecを訪問

天皇陛下とフィリップ国王が、ルーヴェンのimecを訪問した。

ここは、ナノエレクトロニクスとデジタルイノベーションに関する国際的に名高い研究センターです。

日本とベルギーの科学技術協力がその中心に据えられています。

ルーヴェン・カトリック大学図書館訪問

ルーヴェン大学の図書館訪問

天皇陛下とフィリップ国王は、ルーヴェン大学の図書館を訪れました。

第一世界大戦中に図書館が破壊された後、日本はコレクションに3,000冊以上の作品を寄贈しました。

これは両国間の特別な絆の永続的な象徴です。

ベルギーへの初期の日本人訪問の中で最も記憶に残るものは、1921年の昭和天皇の訪問でした。昭和天皇は、廃墟と化したルーヴェン市、特に破壊された図書館を訪れました。深く心を動かされた天皇は、復興への支援を約束されました。私たちは天皇の寛大なご厚意に永遠に感謝し、明日、この遺産を称えます。この歴史的な訪問から50年後の1971年、昭和天皇は日本の天皇として初めてベルギーを公式訪問されました。(晩さん会でのフィリップ国王演説より)

天皇陛下 ルーヴェン・カトリック大学視察 昭和天皇の視察や日本の図書館支援の歴史振り返る

ベルギーを公式訪問中の天皇陛下は、およそ600年の歴史のあるルーヴェン・カトリック大学を訪問されました。

天皇陛下は、現地時間の24日午後ルーヴェン・カトリック大学の図書館を訪問されました。

この大学では第一次世界大戦でドイツ軍の侵攻により図書館が焼失しました。

1921年、昭和天皇が焼け跡を視察したことも後押しとなって日本側はおよそ1万4000冊の本を贈るなど図書館の再建を支援しました。

陛下はその歴史について説明を受け、当時の宮内省から寄贈され第二次世界大戦で戦禍を逃れた本などを目に驚かれていたということです。

さらに大学の日本語学科の学生らと日本語で懇談し、「どういったことがきっかけで」と日本語を学ぶようになったきっかけなどについて質問されていました。

2026年6月25日 日テレNEWS

天皇陛下がオランダ・ベルギー訪問振り返り

“1分35秒の黙とう”は「過去の歴史を直視して謙虚に学ぶ」「両親の思い受け継ぎ心込めて」

ベルギーを公式訪問中の天皇陛下が、カメラの前で同行記者の取材に応じ、感想を述べられました。

陛下は現地時間24日、ベルギー南部のナミュール城で同行記者の取材に応じ、今回の国賓訪問を振り返られました。

「今回、オランダそしてベルギー両国とも、国王陛下、王妃陛下、大変温かいお招きをいただき、楽しく充実した日々を送ることができておりますことを大変ありがたく思っております。ゆく先々で、皆さんから温かく迎えていただいて、本当に心から感謝したいと思います。両国ともに王室の施設に宿泊をさせていただいたこともあって、非常にくつろいだ雰囲気の中で、それぞれの王族の方々と親しくお話をすることができて、より交流を深めることができた感じがいたします。これは雅子も同じような気持ちでおります」

■愛子さまが4歳のとき以来の…20年ぶり訪問に感慨

また、2006年、適応障害に苦しんでいた雅子さまをオランダのベアトリクス女王(当時)が気にかけ、ご一家を静養に招待した時の思い出に触れ、次のように述べられました。

「オランダのヘット・アウデ・ローにオランダの女王陛下の温かいお招きを受けて、滞在させていただいてからちょうど今年20年になりますけれども、オランダのアマリア王女殿下は2歳で、愛子はそのとき4歳、ベルギーのエリザベート王女殿下は愛子と同い年の4歳でいらっしゃって。20年のときを経て、本当、すっかり成長されて、立派になられていること、私達も大変嬉しく思いましたし、ある意味では私達の世代も、より交流が深められたのと合わせて、次の世代への橋渡しもできたのではないかと、そういう意味でも大変ありがたく思っております」

また、愛子さまが話題に出ることも多かったといいます。

「皆さんから『愛子はどうしてるか?』とお話をいただいて嬉しく思いましたし、『愛子にもよろしく』というようなことを皆さんおっしゃっていただきました。愛子も、オランダへ伺った時のこと、ヘット・アウデ・ローで皆さんとご一緒に過ごさせていただいた日々のことを覚えているようで、私もとても嬉しく思っております」

■上皇ご夫妻との深いつながりにも言及

「(オランダの)ベアトリクス女王は本当に私も小さいときから何回もお会いしているので、実は両親の部屋にもベアトリクス女王陛下の写真、それからボードワン国王陛下、王妃陛下の写真も飾ってありまして、『両王室の皆さんとの交流を私の両親が本当に大切にしていたんだな』ということを小さい頃から思っておりました」

ベルギー日程の後半に宿泊した、国王一家のお住まい「ラーケン宮」については。

「ベルギーではラーケンの王宮に宿泊させていただいておりますけれども、ここは私も以前に何回か泊めていただいたことがありまして。最初に伺ったときはまだボードワン国王陛下、ファビオラ王妃陛下がお元気でいらっしゃって、両陛下から大変温かく、ラーケンの王宮でおもてなしをいただいたことは、ラーケンの王宮の隅々にそのような思い出が残っているような感じがしまして、今回感慨深い滞在となっております」

■「両親の思い受け継ぎ」アムステルダムの長い拝礼

両陛下はオランダ訪問時、アムステルダムの戦没者記念碑に1分30秒以上にわたり黙とう。

日本軍はかつて、オランダ人ら外国人10万人以上を強制収容していて、昭和・平成の天皇訪問で大規模な反日デモが起きた中で、今回の動向が注目されていました。

供花の際の気持ちについて、同行記者から問われると、次のように述べられました。

「過去に日本とオランダの間にどのようなことがあったかといったこと、過去の歴史は決して忘れるべきではないと思います。『過去の歴史を直視して、そして過去の歴史から謙虚に学ぶ』という姿勢が私は非常に大切だと思いますし、そのようなことを行った上で、良い未来の良い両国関係が築けていくのではないかと思います」「慰霊碑の前に立ったときに、私達は本当に心を込めて亡くなった方々の慰霊の気持ちを表した次第です」

Q.2000年訪問時の上皇ご夫妻のお姿とも重なるように感じたのですが、“天皇としての気持ちを受け継ぐ”という面もあったのでしょうか?

「それはもちろんです。かつて上皇・上皇后両陛下はご訪問にあたって、ベアトリクス女王陛下からもいろいろなご理解をいただいて、上皇・上皇后両陛下ご一緒に将来に向けての、この融和について、いろいろよくお考えになって。そして色んな行動をされたんだと思います。その時のことは私も両親からいろいろ聞いておりますので、今回も、両親の思いを受け継ぐような形で、私も心を込めて拝礼をした次第であります」

両陛下は、現地時間25日に現地を出発し、帰国の途につかれる予定です。

2026年6月24日 TBS NEWS DIG

全文

記者:お忙しい中、このような取材の機会をいただきありがとうございます。今のこちらの方からは、ナミュール市内が一望できますけれども、少しご覧になっていただきまして、感想を伺ってもよろしいでしょうか。

陛下:今回はこのような風光明媚な場所に来ることができまして、そして先ほどプレゼンテーションをしていただいたんですけれども、この川の歴史、それから私が専門としている水運についての話など、ずっとこの町の歴史についていろいろお話しいただいて、この町についても、この地域についても理解を深めることができましたので、大変嬉しく思っております。

また本当に今日このような天気も良くて、このような素晴らしい景色を目の当たりにすることができることを大変嬉しく思っております。

記者:オランダ・ベルギーの訪問は終盤となりました。オランダは13年ぶり、ベルギーは27年ぶりということで、久しぶりに訪問されて変化、そして印象に残った出来事をお聞かせください。

陛下:今回、オランダ、そしてベルギー、両国とも国王陛下、王妃陛下の大変温かいお招きをいただき、大変今日までも大変楽しく充実した日々を送ることができておりますこと、大変ありがたく思っております。

国王陛下、王妃陛下、並びにそれぞれの国の国民の皆さんに本当に温かく迎えていただいておりますこと、本当に嬉しく思っておりますし、心から感謝しております。

それからまた、国王陛下と王妃陛下には歓迎行事であるとか、それから心温まる晩餐会を催していただいて、また今日もそうですけれども、いろいろな施設へもご同行いただいていましたこと、本当にそういったこと、そしてまた心温まるおもてなしをいただいたこと、本当に心からありがたく思っております。

あわせてオランダ、ベルギー両国とも本当に行く先々で、皆さんから本当に温かく迎えていただいておりまして、これに対しても本当に心から感謝したいと思います。これまで日本とオランダ、そしてあるいは日本とベルギー、それぞれの国の友好関係の増進に尽くしてこられた方々に対して、本当に心から感謝したいと思っております。

今回は両国ともに、オランダではヘット・アウデ・ロー、アムステルダムの王宮、ベルギーではシエルニョン城、そしてラーケンの王宮といった王室の施設に宿泊をさせていただいたこともあって、非常にくつろいだ雰囲気の中で、それぞれの国の王族の方々と親しく話をすることができて、より交流を深めることができたような感じがいたします。これは雅子も同じような気持ちでおります。

それからまた、今回は国王陛下、王妃陛下のみならず、それぞれの国のお子さま方ともお会いすることができまして、また親しく話をすることができましたことも大変嬉しく思っております。ちょうど私と雅子、それから愛子を伴って、オランダのヘット・アウデ・ローに、オランダの当時の女王陛下の温かいお招きを受けて滞在させていただいてからちょうど今年20年になりますけれども、その時にはオランダの王女さま方も、そしてまたベルギーの王女さま方、そして王子さまも一緒に来られていて、その時は考えてみますと、オランダのアマリア王女殿下は2歳で、愛子はその時4歳でしたけれども、アマリア王女殿下は2歳でいらっしゃって、それからまたベルギーのエリザベート王女殿下は4歳、愛子と同い年の4歳でいらっしゃって、ほかの王女さま、また王子さま方もそれぞれ20年の時を経て、すっかり成長されて、立派になられていること、本当に私たちも大変嬉しく思いましたし、ある意味では私たちの世代でより交流が深められたのと合わせて、次の世代への橋渡しもできたのではないかと、そういう意味でも大変ありがたく思っております。

それで、先ほどもお話ありましたけど、オランダでは13年ぶり、それからベルギーでは27年ぶりの訪問となりましたけども、時系列的に簡単にお話ししますと、まずデルタレスでは、この水の分野における最先端の知見について学ぶことができましたし、ハーグの平和宮では、平和と法の大切さ、そしてまたライデン大学では日本と、それから日本との学術交流の積み重ねですね、そういったことについても理解を深めることができたように思います。

また、オランダで最後に訪れたプリンセス・マキシマ小児がんセンターでは、私も非常に感動しましたのは、非常に高度な医療とそれから子どもたちやそれから家族に寄り添った医療が施されていまして、例えば例を挙げるとすると、例えば家族と一緒に宿泊できること、それからまた子供さんたちにとっても遊ぶスペースが十分に取られて確保されていることなど、非常に私も感銘を受けましたし、また、そこで研究をしている日本人の方々ともお話をすることができましたことを大変嬉しく思っております。

それからまた、ベルギーに移りまして、ベルギーではブラッセルの王宮、ラーケンの王宮、またシエルニョン城もかつて訪れたことがありますので、雅子とも一緒に訪れていますので、大変懐かしく思いましたし、また周辺の風景が大変美しかったので、そこで本当に雅子とともにゆっくりと過ごすことができましたし、またベルギーの王室の方々、王女さま方も含めてですね、非常にゆっくりとゆったりとした雰囲気の中で記憶を温めることができたように思います。

今はベルギーではラーケンの王宮に宿泊させていただいておりますけれども、ここは私も以前に何回か泊めていただいたことがありまして、一番最初に伺った時はまだボードワン国王陛下、ファビオラ王妃陛下がお元気でいらっしゃって、両陛下から大変温かくラーケンの王宮でおもてなしをいただいたこと、そういったことを本当にラーケンの王宮の隅々にそのような思い出が残っているような感じがしまして、本当に今回感慨深い滞在となっております。

記者:オランダ、ベルギー、それぞれの王室の方々と今お話にあったように旧交を温められましたが、今回のご訪問で王室との関係性がどのように深まったと思われますか。また、皇室と王室の親しい交流が、国民生活にどのように広がっていくことを期待されますか。

陛下:今、答えてしまったような感じがしますけれども、繰り返しになってしまうかもしれませんけれども、やはり今回、王宮もちろんお城もそうですけれども、そういった王室の施設に泊めていただいたことによって、より深く王族の方々とお話しすることができたように思いますし、また非常にくつろいだ雰囲気の中でいろいろ交流をすることができたことによって、お互いの親密度がより深まったのではないかというふうに思っております。

また、これも先ほどの続きになりますと繰り返しになりますけれども、やっぱりそのお子さま方ともいろいろ話ができて、交流を深めることができたことによって、また次の世代への橋渡しができたのではないかというふうに思っております。

記者:そして今回の晩餐会でのお言葉は、両陛下で推敲(すいこう)を重ねられたと伺っております。今回の訪問にあたり、皇后さまからどのような支えがありましたでしょうか。

陛下:今回、晩餐会でのスピーチを作るにあたって、雅子からもいろいろ助言をもらいました。

記者:やはりお二人でどういったお言葉を重ねるか、どういった表現をされるかというのは、かなりお話し合いになられたんですか。

陛下:話し合いはもちろんしましたけれども、二人ともそれぞれのオランダ、ベルギーともにいろいろな思い出がありますので、そういった思い出を確かめ合ったということは確かにあります。いずれにしても非常に貴重な助言をもらったように思います。

記者:陛下はオランダでは記念碑の前で黙祷をされました。オランダの遺族の方々からも非常に好意的な声もたくさんありまして、私自身も記憶を未来につないでいくという思いを感じたんですが、あの時、陛下はどのようなお気持ちで碑の前に立たれていたんでしょうか。

陛下:本当に過去にどのようなことがあったか。日本とオランダの間にどのようなことがあったか、こういったことは、過去の歴史は、これは決して忘れるべきではないと思います。過去の歴史を直視して、そして過去の歴史から謙虚に学ぶという姿勢が私は非常に大切だと思いますし、そのようなことを行った上で、良い未来の良い両国関係が築けていくのではないかと思います。

私はその慰霊碑の前に立ったときに本当に心を込めて、私たちは本当に心を込めて亡くなった方々への慰霊の気持ちを表した次第です。

記者:2000年のときのご両親の上皇ご夫妻のお姿とも重なるように感じたんですが、やはり天皇としての気持ちを受け継ぐという、そういう面もあったんでしょうか。

陛下:それはもちろんです。かつて上皇上皇后両陛下はご訪問にあたってベアトリックス女王陛下からもいろいろなご理解をいただいて、女王陛下、上皇上皇后両陛下がご一緒に将来に向けてのこの融和について、大変いろいろよくお考えになって、そしていろんな行動をされたんだと思います。その時のことは私も両親からいろいろ聞いておりますので、今回も両親の思いを受け継ぐような形で私も心を込めて拝礼をした次第であります。

記者:視察先についてちょっと教えてほしいんですけれども、これまで国賓訪問では、長い目で見た文化交流とか友好関係の視察先が多かったと思うんですけれども、平和宮ですとかこれから行かれるアイメックとかは、紛争解決の現場であり、日本のいわば国益をめぐって頑張って、日本の立場を主張して頑張っている日本の人などもいる場所です。アイメックも経済の研究機関とはいえ、経済の半導体の企画づくりの中でギリギリと頑張っている生の現場なんですけども、そういう視察先っていうのは今までなかったのかなと思うんですけれども、その辺についてはどういうふうにお感じになりますか。

陛下:もちろんこういう国賓での訪問の場合、過去からのいろいろな積み重ね、そういう場所を実際に目の当たりにすることもとても大切だと思いますけれども、今のその国の姿というものを見るのもとても大切だと思いますし、それから今回もオランダでもベルギーでも、日本との協力の大切さというものを皆さん異口同音におっしゃっておられますので、やっぱりそのような意味であっても、今回のそのような施設への訪問というのは非常に意味があるものではないかと思いますし、また私も今お話ししたように、今の現在のそれぞれの国の姿を見る、そしてまた理解する上で、今回の訪問、そういった場所への訪問もとても楽しみにしております。

記者:先ほどお子さま方とのご交流の話がありましたけれども、当時4歳や2歳だった王女さま方は、愛子さまと遊んだ記憶っていうのはお持ちなんでしょうか。また、愛子さまへのご伝言は?

陛下:そうですね、皆さんから本当に、愛子はどうしてるかというようなお話をいただいて、とても嬉しく思いましたし、それから愛子にもよろしくというようなことを皆さんおっしゃっていただきました。

特にエリザベート王女殿下ですとちょうど同い年でもあるし、アマリア王女殿下も2歳ではいらしたわけですけど、皆さんそのあたりのことを他の王族のお子さま方も含めて覚えていただいているようで、 愛子もオランダに伺った時のことをヘット・アウデ・ローで皆さんとご一緒に過ごさせていただいた日々のことを覚えているようで私もとても嬉しく思っております。

記者:ブリュッセル市庁舎や小児がんセンターなど、さまざまな触れ合いの場所で皇后さまが傍らにおられましたけれども、やはりお二人で触れ合われると、どういった広がりなどを感じられますか。

陛下:もちろん、二人でいろんな方とお会いすることによって、おっしゃったように、確かにこの交流の場というのはさらに広がってきているように思います。雅子もそれぞれの皆さんとのお話しできたこと、とても嬉しく思っておりますし、またこの交流の機会を通じて少しでもこの両国間の友好親善の増進に貢献することができればというふうに思っております。

今回も皆さん方とお話しすることができて私たちも大変嬉しく、そしてまた楽しいひとときを過ごしたように思います。

記者:2か国(訪問)は大変久しぶりでしたけれどもいかがでしたでしょうか。

陛下:そうですね。本当に久しぶりだと思いますけれども、今回は確かに長い日程ではありましたけれども、間には王宮の施設で、ゆっくりとさせていただいたことによって、雅子も本当に体調を崩さずに今日まで来ておりますし、

このようなことが本当に私たちの二人にとってありがたいことであって、両王室のご配慮に本当に心から感謝したいと思います。

記者:話題が戻ってしまって恐縮なんですけども、オランダの晩餐会ではベアトリックス前女王が最後まで参加されたと聞いております。ベアトリックス前女王とは、先の大戦の話だとか上皇上皇后両陛下の話だとかそれ以外のお話もどのような会話をされて、どのようにお感じになったかお伺いできますでしょうか。

陛下:細かいことについてはちょっとお話は控えたいと思いますけれども、女王陛下も、上皇上皇后両陛下に来ていただいたということをとても喜んでおられましたし、また上皇上皇后両陛下からも、その時、ベアトリックス女王陛下に大変なご配慮していただいたということを大変ありがたく思ったという話を私も伺っております。

ベアトリックス女王は本当に私も小さい時から何回もお会いしているので、よく両親の部屋にもベアトリックス女王陛下の写真も、それから国王陛下、ファビオラ王妃陛下の写真も飾ってありまして、本当に私も小さい頃からこの両王室の皆さんとの交流を私の両親も本当に大切にしていたんだなっていうことを小さい頃から思っておりました。

(2026年6月24日ナミュール市にて)

ベルギー訪問最終日

ラーケン宮の庭園を散策

ベルギー国王夫妻にお別れの挨拶 宮殿の庭園を散策し温室や日本風「五重塔」をご覧

ベルギー滞在最終日、天皇皇后両陛下は、国王夫妻と宮殿の庭を散策したあとお別れの挨拶をされました。

天皇皇后両陛下は現地時間の25日午前、帰国を前に、滞在していたラーケン宮の庭園をフィリップ国王夫妻と共に散策されました。

両陛下は世界中の植物が収集されている温室や、日本風の五重塔のある庭園の風景を和やかに談笑しながら楽しまれました。

お別れの挨拶では、陛下はフィリップ国王と固く握手を交わしながら目を見つめて挨拶し、皇后さまは国王やマチルド王妃とチークキスを交わされていました。

また王妃は何度も「サンキュー」と両陛下に伝え名残を惜しんでいました。

両陛下はこのあと日本にゆかりのあるベルギー人やベルギーに住む日本人らと懇談した後、帰国の途につかれます。

2026年6月25日 日テレNEWS

日本風の五重塔

ベルギー出発ノーカット

【ベルギー出発ノーカット】

0:00 ベルギー・ラーケン宮

0:20 世界中の植物が収集されている温室

1:30 ラーケン宮の庭園をフィリップ国王夫妻と共に散策

4:20 天皇皇后両陛下 ベルギー国王夫妻にお別れの挨拶

7:50 メルスブルク軍用空港

天皇皇后両陛下は現地時間の25日午後6時すぎ、ベルギー・ブリュッセルのメルスブルク軍用空港を出発されました。

両陛下は車で空港に到着されると護衛にあたってきたベルギー側の人々やオートバイの護衛部隊の隊員らと握手し労をねぎらわれました。

続いて、両陛下は見送りのベルギー側の関係者1人1人に丁寧に声をかけていかれました。

タラップに上ったあとラッパ隊の演奏を聴きその後、見送りの人々ににこやかに手を振って政府専用機に乗り込まれました。 天皇皇后両陛下は今月13日に羽田空港を出発し最初にオランダを訪問されました。

オランダでは国王夫妻の特別な配慮で初めに王室の別邸ヘット・アウデ・ロー城で過ごしたあと、首都アムステルダムで歓迎式典に臨み、戦没者記念碑に供花し、夜は国王王妃主催の晩さん会に出席されました。

また国王夫妻と共に小児がんセンターを訪れて子どもの患者や研究員らと交流するなどされました。 20日からはベルギーに入り、やはり国王夫妻の特別な配慮で王室の別邸シエルニョン城で過ごしたあと、首都ブリュッセルで歓迎式典に臨み、ブリュッセル市庁舎を訪問されました。

市庁舎ではバルコニーから“世界で最も美しい広場”といわれるグランプラスに集まった人々に手を振り、またベルギーで学ぶ子どもたちと交流されました。

天皇陛下は、旅の終わりに記者団の取材に応じ、「行く先々で皆さんから本当に温かく迎えていただいて心から感謝したい」と述べ、両国国王夫妻のもてなしに感謝すると共に「非常にくつろいだ雰囲気の中で、親しく話をすることができて、より交流を深めることができた」と振り返られました。 また愛子さまと同世代の両国の王女・王子たちと交流したことについて「次の世代への橋渡しもできたのではないか」と述べられました。

さらにオランダで第2次世界大戦の犠牲者に花を手向けたことを振り返り、「過去の歴史を直視して過去の歴史から謙虚に学ぶという姿勢が非常に大切だと思います」と述べそうしたことを行った上で「よい両国関係が築けていくのではないか」との考えを示されました。 両陛下が2か国を続けて公式訪問されたのは24年ぶりでした。

両陛下は日本時間の26日午後帰国されます。

2026年6月26日 日テレNEWS

両陛下ベルギー出発し帰国へ

天皇皇后両陛下ベルギー出発し帰国へ

天皇皇后両陛下は2週間にわたるオランダ・ベルギー公式訪問を終えベルギーを出発されました。

天皇皇后両陛下は現地時間の25日午後6時すぎ、ベルギー・ブリュッセルのメルスブルク軍用空港を出発されました。

両陛下は車で空港に到着されると護衛にあたってきたベルギー側の人々やオートバイの護衛部隊の隊員らと握手し労をねぎらわれました。

続いて、両陛下は見送りのベルギー側の関係者1人1人に丁寧に声をかけていかれました。

タラップに上ったあとラッパ隊の演奏を聴きその後、見送りの人々ににこやかに手を振って政府専用機に乗り込まれました。

天皇皇后両陛下は今月13日に羽田空港を出発し最初にオランダを訪問されました。

オランダでは国王夫妻の特別な配慮で初めに王室の別邸ヘット・アウデ・ロー城で過ごしたあと、首都アムステルダムで歓迎式典に臨み、戦没者記念碑に供花し、夜は国王王妃主催の晩さん会に出席されました。

また国王夫妻と共に小児がんセンターを訪れて子どもの患者や研究員らと交流するなどされました。

20日からはベルギーに入り、やはり国王夫妻の特別な配慮で王室の別邸シエルニョン城で過ごしたあと、首都ブリュッセルで歓迎式典に臨み、ブリュッセル市庁舎を訪問されました。

市庁舎ではバルコニーから“世界で最も美しい広場”といわれるグランプラスに集まった人々に手を振り、またベルギーで学ぶ子どもたちと交流されました。

天皇陛下は、旅の終わりに記者団の取材に応じ、「行く先々で皆さんから本当に温かく迎えていただいて心から感謝したい」と述べ、両国国王夫妻のもてなしに感謝すると共に「非常にくつろいだ雰囲気の中で、親しく話をすることができて、より交流を深めることができた」と振り返られました。

また愛子さまと同世代の両国の王女・王子たちと交流したことについて「次の世代への橋渡しもできたのではないか」と述べられました。

さらにオランダで第2次世界大戦の犠牲者に花を手向けたことを振り返り、「過去の歴史を直視して過去の歴史から謙虚に学ぶという姿勢が非常に大切だと思います」と述べそうしたことを行った上で「よい両国関係が築けていくのではないか」との考えを示されました。

両陛下が2か国を続けて公式訪問されたのは24年ぶりでした。

両陛下は日本時間の26日午後帰国されます。

2026年6月25日 日テレNEWS

天皇皇后両陛下、ご帰国

天皇皇后両陛下 羽田空港に到着 2週間のオランダ・ベルギー公式訪問を終え帰国

天皇皇后両陛下はオランダ・ベルギー公式訪問を終え、先ほど、羽田空港に到着し帰国されました。

天皇皇后両陛下を乗せた政府専用機は26日午後2時半すぎ、羽田空港に到着しました。26日は雨天のため、出迎えは羽田空港内の貴賓室で行われました。

両陛下はおよそ13時間半のフライトの疲れも見せず、出迎えられた秋篠宮ご夫妻に、にこやかに挨拶をされました。また、高市首相も出迎えました。

続いて両陛下は駐日オランダ大使のベスホーブルッフ大使や駐日ベルギー臨時代理大使と握手を交わし、にこやかに話されました。

両陛下は今月13日に羽田空港を出発し、最初にオランダを訪問されました。

オランダでは王室の別邸ヘット・アウデ・ロー城で過ごしたあと、首都アムステルダムで歓迎式典に臨み、戦没者記念碑に供花し、夜は国王王妃主催の晩さん会に出席されました。また、王妃が支援する小児がんセンターも視察されました。

20日からはベルギーに入り、王室の別邸シエルニョン城で過ごしたあと、首都ブリュッセルで歓迎式典や市庁舎訪問に臨み、国王王妃主催晩さん会に出席されました。

また、陛下は南部ワロン地域のナミュールや昭和天皇が105年前に訪れた大学のある、ルーヴェンなども訪問されました。

2026年6月26日 日テレNEWS

天皇皇后両陛下の御感想

天皇皇后両陛下の御感想(オランダ、ベルギー御訪問を終えて)
令和8年6月26日(金)

この度、オランダ国政府、ベルギー国政府からそれぞれ国賓として御招待を頂き、二人で両国を訪問できたことをうれしく思います。

オランダのウィレム・アレキサンダー国王陛下御夫妻、ベルギーのフィリップ国王陛下御夫妻には、歓迎式典や晩餐会などを心をこめて御準備くださいました。

両国の王室の施設に宿泊させていただいて、くつろいだ雰囲気の中で旧交を温めることができ、滞在中の各地への訪問にも御一緒頂くなど、数々の素晴らしいおもてなしを頂いたことに厚く御礼を申し上げます。

また、行く先々でオランダ、ベルギー両国の方々に温かく迎えて頂いたことは、うれしく、有り難いことでした。オランダ国政府、ベルギー国政府、そしてそれぞれの国民の皆さんの御厚意に対し、心から感謝いたします。

オランダには13年ぶり、ベルギーには27年ぶりの訪問となりましたが、両国の王室の方々を始めとする多くのみなさまから頂いた温かいおもてなしや、それぞれの国をかつて訪れた時に見聞きしたことなどを懐かしく思い出しました。

そして、両国の王室の若い世代の方々とも久しぶりにお会いし、それぞれ立派に成長されたお姿をたいへんうれしく思うとともに、次の世代への橋渡しができたのではないかと思っております。

今回訪れたオランダのデルタレスやベルギーのimec(アイメック)では、日本との協力関係を深めながら科学的知見を高め、その最先端の成果を社会に還元している様子を実感できました。

オランダのプリンセス・マキシマ小児がんセンターでは、高度な医療の研究と子どもたちや家族に寄り添った医療がなされていることに感銘を受けました。

日本とオランダ、ベルギーそれぞれの交流に様々な形で携わってきた幅広い年代の方々に直接お会いしてお話しする中で、日本とオランダ、ベルギー両国との間で世代を超えて継続してきた交流、そして培われてきた友好親善の歩みについての理解を深めることができました。

日本研究の学科が設置されているオランダのライデン大学やベルギーのルーヴェン・カトリック大学では、日本の大学との連携や学生間の交流も進められており、日本についての研究をしているオランダやベルギーの学生さん達から、それぞれの関心事項などを直接お聴きしました。

日本とオランダ、ベルギー両国の若者が、お互いの国の社会や文化などに一層の関心を寄せ、両国の相互理解と友好親善の更なる増進に大きな役割を果たしてくれることを期待いたします。

日本とオランダ、ベルギーとの長い友好関係の歴史の中には苦難の時期もありました。

先の大戦でつらく、悲しい思いをされた方々に思いを致しながら、オランダでは戦没者記念碑に供花いたしました。過去の歴史から謙虚に学び、悲惨な体験や苦労を後の世代に伝えていくとともに、平和への努力を続けていくことの大切さについて思いを新たにいたしました。

今回のオランダ、ベルギー両国への訪問も、とても意義深く、そして思い出深いものとなりました。準備を重ねて頂いた日本とオランダ、ベルギー双方の多くの関係者の皆さんの尽力に深く感謝いたします。

両国の国民の相互理解が更に深まり、日本とオランダ、ベルギーの友好親善と協力関係がより一層進展することを心から願っています。

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惚れ惚れ…。5本の豪華「ロイヤルティアラ」が登場。両陛下ご出席のベルギー王室晩さん会での様子が話題に

国賓としてオランダとベルギーを公式訪問中の天皇皇后両陛下が、ベルギーの首都ブリュッセルにあるラーケン宮で開かれた王室主催の晩さん会に出席。皇后雅子さまはベルギーのロイヤルレディたちとともに、豪華なティアラを披露した。

国王一家の住まいでもある宮殿で催されたその晩さん会には、フィリップ国王とマティルド王妃の長女で皇太子のエリザベート王女、妹のエレオノール王女も出席した。また、エリザベート王女はブリュッセルの空港に国賓として到着した天皇皇后両陛下を、初めて単独で出迎えていた。

天皇皇后両陛下は、ベルギー到着前にはオランダを訪問。ウィレム・アレキサンダー国王とマキシマ王妃からの歓迎を受け、アムステルダム王宮で行われた晩さん会に出席。また、王室の離宮、ヘット・アウデ・ロー城にも滞在し、国王夫妻と2026年サッカー・ワールドカップの初戦、日本対オランダの試合をテレビ観戦した。両陛下が他国の王族とサッカー・ワールドカップの試合を観戦するのは、ともに皇太子夫妻だったフィリップ国王とマティルド王妃とそろって日本対ベルギー戦を観戦した2002年以来のことだったという。

日本とベルギーは1866年に修好通商航海条約を締結。ベルギーの外務・外国貿易・開発協力省によると、同国では現在、日本企業280社以上がビジネスを展開しており、自動車、物流、化学、バイオテクノロジーなどの分野でおよそ3万人の雇用を創出している。また、日本はベルギーにとって25番目に大きな輸出先であるほか、欧州以外の国では第4位のサプライヤーになっている。

その両国の良好な関係を反映するように穏やかな笑顔を見せたロイヤルレディたちと、そのまとった華麗なティアラ5本の来歴をご紹介する。

皇后雅子さま

皇后さまは、ベルギー到着前に訪れたオランダでの公式晩さん会でも使用されたスイカズラ(ハニーサックル)をモチーフにしたダイヤモンドの「第三ティアラ」と、それに合わせたネックレスを着用された。

各国のロイヤルの情報を発信するブログ『ロイヤルウォッチャー』は、このティアラとネックレスが合わせて着用されたのは、1990年代以来のことではないかと伝えている。皇后さまはそのほか、ベルギー最高位の国家勲章「レオポルド勲章」のサッシュと星章も着用された。

「第三ティアラ」は1928年、昭和天皇の弟、秩父宮雍仁親王とご結婚された勢津子さまのために、ミキモトによって作られたものとされる。勢津子さまは1937年にロンドンで行われた国王ジョージ6世の戴冠式などで、このティアラを着用している。

1995年に勢津子さまが亡くなられた後、「第三ティアラ」は天皇家に引き継がれ、上皇后美智子さま、皇后雅子さまへと受け継がれている。

マティルド王妃

ジョルジオ アルマーニ プリヴェの2026年春夏オートクチュールコレクションで発表されたドレスをまとったマティルド王妃は、お気に入りのティアラのひとつ、王室に受け継がれる「ナイン・プロヴァンス・ティアラ」とダイヤモンドのイヤリングを着用。また、日本の「宝冠章」のサッシュと宝冠大綬章をつけていた。

「ナイン・プロヴァンス・ティアラ」はもともと、1926年に後の国王レオポルド3世と結婚したスウェーデンのアストリッド王女に、ベルギー政府が結婚祝いとして贈ったもの。汎用性の高さで知られるアールデコ様式のこのジュエリーは、一部をバンドーとして使用できるほか、この日の王妃のように、取り外し可能なダイヤモンドのアーチを取りつけ、より豪華なデザインのティアラとして着用することができる。

エリザベート王女(皇太子)

ベルギーの王位継承者に与えられる「ブラバント女公」の爵位を持つエリザベート王女は、母のマティルド王妃が所有する「ローレル・リース・ティアラ」をつけて晩さん会に臨んだ。

イギリスのジュエラー、ヘネル&サンズ(Hennel & Sons)が1912年ごろに制作したものとされるこのティアラは、ベルギーの貴族たちが1999年、結婚祝いとしてマティルド王妃に贈ったもの。631粒のダイヤモンドが月桂樹の葉を形作るデザインで、ネックレスとして使用することもできる。この日はエリザベート王女も、ネイビーのドレスの上に日本の「宝冠章」のサッシュと勲章をつけていた。

24歳の王女は、2024年にオックスフォード大学リンカーン・カレッジで歴史学・政治学の学士課程を修了。その後はハーバード大学・公共政策大学院(ケネディ・スクール)に進学し、5月に卒業したばかり。

エレオノール王女

サフィヤ(Safiyaa)の淡いピンクのドレスをまとった王女はこの日、初めてティアラを着用した姿を公の場で披露した。そのティアラ、アンティークのダイヤモンドを使用した「ベルージャン・フローラル・スクロール・ティアラ」は、4月に18歳の誕生日を迎えた王女に両親の国王夫妻が贈ったものだという。

20世紀初めにブリュッセルで創業された老舗ジュエラー、コーゼマンス(Coosemans)が制作したこのティアラは、シルバーとゴールドのフレームにローズカット・ダイヤモンドがセットされたデザイン。中央に配されたクローバーの部分は、取り外してブローチとして使用することができるという。

2019年にイタリア・ミラノで行われたオークションに出品されたこのティアラは、2万6000ユーロ(2026年6月25日の為替レートで、約480万円)で落札されていた。

アストリッド王女

フィリップ国王の妹アストリッド王女は、イタリアの旧王家サヴォイア家の分家、アオスタ家の血筋を受け継ぐ夫のロレンツ王子の家に代々受け継がれてきた「サヴォイア=アオスタ・ダイヤモンド・ティアラ」をつけて出席した。

プラチナのベースにダイヤモンドが配置されたこのティアラは、花と渦巻き模様がモチーフ。1960年代に大幅に作り変えられ、現在のデザインになったとされている。

2026年6月25日 Harper’s BAZAAR

https://www.harpersbazaar.com/jp/fashion/celeb-fashion/g71719519/belgium-statebanquet-japan-2026-tiaras-2606-hns

「すごいレア」天皇陛下 満面の笑みで気さくに話され…ベルギーで見せられた記者団との“フランクなご交流”に感激続々

約2週間にわたり、オランダ、ベルギーを公式訪問された天皇皇后両陛下。6月25日(現地時間、以下同)にベルギー・ブリュッセルのメルスブルク軍用空港を出発し、見送りの人々に笑顔で手を振りながら帰国の途につかれた。

陛下と雅子さまが2カ国を歴訪されるのは24年ぶりで、皇室とゆかりの深い王室との絆を深める旅となった。

「最初の訪問先となったオランダでは、’06年に長女・愛子さまを伴って静養された王室の別邸ヘット・アウデ・ロー城に滞在されました。ウィレム=アレキサンダー国王夫妻と旧交を温められ、サッカーW杯の日本対オランダ戦をテレビ観戦されたことも大きな話題に。ベルギーでも王室の別荘シエルニョン城、首都ブリュッセルにある王宮ラーケン宮に滞在し、フィリップ国王一家と和やかな時間を過ごされました。また、両国の王女や王子ら若い世代と交流されたことも、大変喜ばれていたご様子でした」(皇室担当記者)

陛下は24日午後、ベルギー南部のナミュール市で同行した記者団の取材に応じられた。

陛下は両国から温かい歓迎を受けたことに感謝のおことばを述べ、愛子さまと同年代の王女や王子たちと再会したことについても、「成長されて立派になられていること、本当に私たちも大変嬉しく思いました」とお話しに。その上で、「次の世代への橋渡しができたのではないか」と述べられた。

柔らかな日差しの下、豊かな自然と歴史に囲まれたナミュール市内を一望できる場所から取材に応じられた陛下。そのご様子はメディアでも伝えられたが、映像に収められていた陛下の“親しみ深いお人柄”が注目を集めている。

取材終了後に記者団から「ありがとうございました」と声をかけられると、陛下は「よろしいですか?」「どうもありがとう」と笑顔でお述べに。続けて記者団に、「皆さん、お疲れ大丈夫ですか?」とお声がけされたのだった。

すると記者たちから笑い声が漏れ聞こえ、その場が穏やかな雰囲気に包まれることに。ある記者から「ベルギーチョコやベルギービールは試されましたか?」と質問が及ぶと、陛下は「あ、ビールはまだ飲んでないんです」と満面の笑顔でお話しに。そして「チョコレートはいただきました。(ビールを)飲まないといけないですね」と述べ、再び「どうもありがとう」と挨拶し、次の場所へと移動されたのだった。

陛下と記者団の和やかな交流はXでも話題になり、感激する声が次のように広がっている。

《天皇陛下がこんなにフランクにお話しされる姿は、初めて拝見しました》
《天皇陛下がここまで笑顔なのは久しぶりに見たなあ》
《はぁ…なんと穏やかで素敵に話されるのだろう。幸せな気持ちになります。心が落ち着きます》
《すごいレア 普段の感じはバチバチオフィシャルな雰囲気なのと比べて なんだか一気に親しみやすさ出る》
《『あっビールはまだ飲んでない…笑』 の部分が自然体でドキドキした》

前出の皇室担当記者は言う。

「陛下は皇太子時代から同行の記者団と和やかに会話されることがあり、気さくで親しみやすいお人柄は記者の間でも評判でした。’19年8月にご静養で訪れた那須塩原駅前では、ハンカチで汗を拭きながら『ハンカチ王子』と呟かれたことも。これには集まった人々からドッと笑い声が上がり、雅子さまと愛子さまも笑顔に。しばらくの間、周囲が笑顔で包まれていました。陛下は若いころから『国民の中に入っていく皇室』を大切にされており、今回の欧州訪問でも実践されていることが伝わってきました」

オランダ、ベルギーで過ごされた濃密な時間は、陛下と雅子さまにとって忘れられない思い出となったことだろう。

2026年6月26日 女性自身

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