
こんにちはラベンダーです
秋篠宮家の悠仁親王殿下は9月6日、20歳のお誕生日を迎えられた。
現在、筑波大学生命環境学群生物学類の2年生として、野外実習にも参加するなど生物の分野について広い視野で学びを深められているとのこと。
成年式に関する一連行事をすべて終え、「皇室の一員としての役割をしっかり果たしていきたい」との思いを新たにされているようだということです。
ニュース動画
秋篠宮家の悠仁さまは、6日、二十歳の誕生日を迎えられました。
二十歳となった悠仁さまは、筑波大学生命環境学群生物学類の2年生として、野外実習にも参加するなど生物の分野について広い視野で学びを深められているということです。
つくば市内に借りている単身者用の住まいから通学する日が多くなり、学業を優先しつつ、この1年、公的な活動の機会を増やされました。
去年11月の「デフリンピック」では開会式出席のほか、オリエンテーリング競技を観戦し、少し覚えた手話で国内外の選手たちとコミュニケーションをとることができ、嬉しく思われたということです。
8月には広島を初めて一人で訪れ、原爆死没者慰霊碑に供花したあと資料館を視察し、原爆の悲惨さを改めて感じられたということです。また「日本スカウトジャンボリー」で、初めてお言葉を述べたほか、テントの設営や朝食の豚汁作りを同年代のスカウトと一緒に取り組まれました。
宮中晩さん会や新年一般参賀、歌会始の儀などの宮中行事に初めて出席したほか、宮中祭祀にも臨み、成年皇族としての活動の幅を広げられています。
2026年9月6日 日テレNEWS
秋篠宮家の長男・悠仁さまがきょう(6日)、20歳の誕生日を迎え、宮内庁が悠仁さまの最新の写真などを公開しました。10代最後の一年は、成年皇族として活動の幅を広げた年でした。
宮内庁はきょう(6日)、悠仁さまがつくば市の「地図と測量の科学館」を見学される写真を公開しました。
小さいころから「地図」に関心があるといい、望遠鏡を熱心にのぞきながら緯度の計算を体験される姿などが収められています。
国土地理院の担当者に対し、「(角度を測るので)水平なところにいないといけないですよね」などと述べられていたということです。
■悠仁さま19歳の一年
悠仁さまは現在、筑波大学生命環境学群生物学類の2年生で、つくば市内に借りた集合住宅からの通学を中心に、秋篠宮邸との2拠点生活を送られています。
側近などによると、大学では生物に関する論文を読むための英語を学んだり、野外実習に参加されたりしているといいます。
また、バドミントンや生物研究のサークルに所属して友人と活動するほか、趣味で野菜や稲の栽培を続けられているということです。
■成年式終え宮中行事デビューも
悠仁さまは、父・秋篠宮さまに次ぐ、皇位継承順位2位で、60歳未満では唯一の継承資格者です。
去年9月6日(19歳の誕生日)には、皇室で40年ぶりとなる成年式にのぞまれ、その関連行事は今年2月まで続きました。
式を終えた悠仁さまは報道陣の前で「これから成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたいと思っております」と誓われました。
以降、大学の授業に差し支えない範囲で宮中行事や祭祀などにも出席。
オリジナルの和歌を詠む歌会始の儀(1月)では「青いトンボの“マルタンヤンマ”を間近で見た嬉しさ」を歌に込められました。新年や天皇誕生日の参賀では、宮殿前に集まった国民に笑顔で手を振られるなど、多くの初出席の行事に精力的にのぞまれました。
8月には広島市を訪ね、平和記念公園で原爆慰霊碑に供花。
続く「スカウトジャンボリー」の行事では、皇族として自身初となる“おことば”(スピーチ)を述べられています。
■海外王室・政府関係者との交流も
5月には、フィリピン大統領夫妻を迎えた宮中晩さん会に初めて出席。
フィリピン政府関係者らと英語で挨拶を交わす場面もみられました。
ほか、バーレーンの皇太子・王子やイギリスのエドワード王子夫妻、トンガの皇太子夫妻と秋篠宮邸で挨拶するなど、外国王室・王族との交流も重ねられました。
側近によると、悠仁さまはこの1年を通して会った人、支えてくれた人に感謝の気持ちを持たれているといいます。今年も大学の活動と公務を両立しながら、成年皇族として活動の幅を広げられる一年となりそうです。
2026年9月6日 TBS NEWS DIG
悠仁親王殿下20歳のお誕生日に当たり(宮内庁皇嗣職)
令和8年9月6日 宮内庁皇嗣職発表
悠仁親王殿下は、20歳のお誕生日を迎えられました。この1年をお健やかに過ごされました。
筑波大学でのご様子
本年4月から筑波大学生命環境学群生物学類の2年生となられました。引き続き、対面授業のある日には、キャンパスに登校され、授業を受けられています。
必修の授業では、生物の論文を読むための英語の授業や体育の授業を受けられています。また、生物分野の座学の授業や実験では、昨年よりもさらに専門的な分野を取り扱う授業を受講されています。夏の時期には野外で行われる実習にも参加されました。
実験や実習などを含め、生物の分野について広い視野で学びを深められているようです。
悠仁親王殿下は、大学生としてご学業を優先されつつ、昨年9月からの1年間、成年式関連行事等や公的なご活動などにも心を込めて取り組まれました。
成年式
悠仁親王殿下は、昨年9月6日に成年式の中心的な儀式である加冠の儀、賢所皇霊殿神殿に謁するの儀、朝見の儀などをお済ませになりました。
9月7日から8日には三重県及び奈良県をお訪ねになり、神宮並びに神武天皇山陵をご参拝になり、成年式が滞りなく終了したことを報告されました。
9月9日には、同じく成年式をお済ませにつき昭和天皇山陵をご参拝、また、悠仁親王殿下のお考えにより大正天皇山陵、貞明皇后山陵並びに香淳皇后山陵をご参拝になりました。
翌10日には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下お招きの三権の長を始めとする諸員との午餐に臨まれました。
また、本年2月26日から27日まで京都府をお訪ねになり、26日には、親王殿下のお考えで明治天皇山陵、昭憲皇太后山陵をご参拝、引き続き皇室の香華院である泉涌寺を訪問されて霊明殿でご焼香、隣接する孝明天皇山陵、英照皇太后山陵をご参拝になりました。
翌27日には、この機会を利用されて、京都市内の能装束の織元で機織りの様子をご覧になり、実際に織機を操作されるとともに、霞会館京都支所をお訪ねになり、雅楽や蹴鞠などの伝統文化について、演奏を聞かれ、体験をされました。
本年2月28日には、赤坂東邸において茶会が催され、秋篠宮皇嗣同妃両殿下とご一緒に出席されました。
この茶会をもって、成年式に関連する儀式、行事はすべて執り行われたことになります。悠仁親王殿下は一連の行事を終えられ、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたいという思いを新たにされたようです。
宮中行事等
悠仁親王殿下は、昨年9月6日に成年式をお済ませになり、また、筑波大学にご在学中であることから、宮中における儀式、行事等には、ご学業に差し支えのない範囲でご参列になっています。
昨年12月の皇后陛下お誕生日祝賀を最初に、上皇陛下お誕生日祝賀、新年祝賀の儀、上皇上皇后両陛下への新年の祝賀、新年一般参賀、講書始の儀、歌会始の儀、天皇誕生日祝賀の儀などに、成年皇族のお立場でお臨みになりました。
歌会始の儀には、「明」というお題のもと、ある夏の黄昏時の薄明かりの中で、ご幼少の頃からご興味をお持ちになってきたトンボ、特に悠仁親王殿下のお好きなマルタンヤンマを間近にご覧になることができた嬉しさを詠まれたお歌を初めて詠進されています。
また、本年5月には、天皇皇后両陛下が催された国賓フィリピン共和国大統領フェルディナンド・ロムアルデス・マルコス・ジュニア閣下及びルイーズ・アラネタ・マルコス大統領令夫人をお迎えしての宮中晩餐に初めてご陪席になりました。
宮中祭祀についても同様に、ご学業に差し支えのない範囲でご参列になっており、昨年9月の秋季皇霊祭の儀、秋季神殿祭の儀を最初に、新嘗祭神嘉殿の儀(夕の儀、暁の儀)、元始祭の儀、昭和天皇祭皇霊殿の儀、春季皇霊祭の儀、春季神殿祭の儀、神武天皇祭皇霊殿の儀において、それぞれ幄舎に参列され、庭上にて拝礼されました。
公的なご活動など
(戦争・平和に関するもの)
昨年9月には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に、「琉球舞踊 真木の会」をご覧になりました。戦後80年の節目に、琉球舞踊のいのちの輝きを未来に紡いでいきたいという主催者の思いを受け止められながら、鑑賞されました。
昨年12月には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に、板橋区立美術館で開催された展覧会「戦後80年 戦争と子どもたち」をご覧になりました。
防火水槽を取り囲むように防空頭巾をかぶった子どもたちが描かれている絵画「防空演習」など、戦時中から終戦直後にかけて制作された、子どもを主題とする作品や、子どもたちに向けて大人が提供した絵本や教科書、紙芝居などの印刷物、さらには子どもたち自身が戦時中に描いた作品などが紹介されており、戦時下の子どもたちの気持ちを想像しながらご覧になったものと伺っております。
8月に広島をご訪問になった際に、広島市の広島平和記念公園にて広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)に供花、拝礼され、原爆で亡くなった方々に心からの哀悼の意を表されました。
続いて、同市の本川小学校平和資料館入口にある慰霊碑に供花された後、同資料館をご視察になり、被爆時の広島の様子を再現した模型などについて説明を受けられました。
爆心地からわずか410mであり、2人を除き全員が亡くなったこの小学校で、亡くなられた方々をお悼みになり、原爆の悲惨さを改めてお感じになったと伺いました。
また、そのうちのお1人が平和への強い思いを持って語り部活動をされていたということに、深い敬意をお持ちになったとのことです。
(国際的なイベント)
昨年から今年にかけて、多くの国際的なイベントがあり、お出ましになりました。
昨年9月中旬には、佳子内親王殿下とご一緒に、「東京2025世界陸上選手権大会」の白熱した競技をご覧になりました。
昨年9月下旬には、「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)」をご視察になりました。悠仁親王殿下ご単独で「日本館」、「ベルギー館」をご視察になり、「大屋根リング」をお歩きになった後、「関西パビリオン」、「いのち動的平衡館」をご視察になりました。また秋篠宮皇嗣殿下と合流され、ご一緒に「オランダ館」、「タイ館」、「コモンズ-D」をご視察になりました。
コモンズ-Dでは、ブータン王国、ラオス人民民主共和国、マダガスカル共和国の展示をご覧になりました。この機会に、関係各国の方々と交流され、様々な文化などについての関心を深められました。
昨年11月には、きこえない選手、きこえにくい選手が出場する4年に一度のスポーツの世界大会である「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025」が日本で初めて開催されました。
悠仁親王殿下は、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に開会式にご臨席になるとともに、昨年12月、宮邸にて同様にご家族で日本選手団の代表をご接見になり、選手一人ひとりと、デフリンピックを終えての感想や今後の抱負、世界の選手との交流などについて、手話を交えながら和やかに懇談されました。
また、大会期間中、秋篠宮皇嗣妃殿下とご一緒に、伊豆大島で開催されたオリエンテーリング競技をご覧になりました。地元の子どもたちが声援を送る中で競技がスタートし、悠仁親王殿下は妃殿下とご一緒に選手がゴールするたびに手話でエールを送られていました。
デフリンピック期間を通じて、選手の力強い活躍に魅了されるとともに、少し覚えられた手話で日本の選手や海外から参加された選手とコミュニケーションをとることができ嬉しく思われたそうです。
伊豆大島をお訪ねになった機会には、大島町長から島内事情をお聴きになった後、平成25(2013)年の台風に伴う豪雨による土砂災害の被災体験を語り継いでいる語り部の方などのお話に静かに耳を傾けられ、大島町メモリアル公園の慰霊碑にご供花、ご拝礼になりました。
その後、島内の高齢者施設を訪ねられ、皆さんと一緒に玉入れなどをして和やかに交流されました。
また、椿油製油所や伊豆大島ミュージアムジオノスをご視察になり、三原山噴火後の植生の移り変わりを観察することができる道を歩かれた後、島内の農産物直売所「ぶらっとハウス」をご視察になりました。
本年3月には、秋篠宮皇嗣妃殿下とご一緒に、「世界スキーオリエンテーリング選手権大会2026」の競技をご覧になり、表彰式、閉会式にご臨席になるため、北海道の留寿都村をお訪ねになりました。
大会を支えるスタッフや競技で全力を尽くされた日本の代表選手等と懇談されました。この機会に訪問された子育て拠点施設では、認定こども園の園児らとかるたで交流され、読み手をつとめられたり園児たちの輪の中に入られてお話をされたりしました。
また、子どもたちに世界選手権で実際に使用されたコースにチャレンジしてもらう体験会にも参加されました。
(外国王室とのご交流)
国際的なイベントなどに訪日された折に宮邸を訪れられた外国の王室の方々とお会いになる機会がありました。
昨年9月には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下が、バーレーンのサルマン・ビン・ハマド・アール・ハリーファ皇太子殿下並びにイーサ・ビン・サルマン・ビン・ハマド・アール・ハリーファ殿下と、また、英国のエディンバラ公同妃両殿下と懇談された際に、悠仁親王殿下もご挨拶をなさいました。
本年2月には、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に、トンガの皇太子同妃両殿下とご懇談になりました。
(様々な公的ご活動)
本年2月、秋篠宮皇嗣殿下とご一緒に、「全国学校・園庭ビオトープコンクール2025」発表大会にご臨席になりました。多様な生き物が生息する「ビオトープ」を作って自然体験や環境学習を行う活動についての発表をご関心を持たれながらお聴きになり、上位5賞に選ばれた幼稚園から高校までの教員や生徒とご懇談になりました。
3月、秋篠宮皇嗣殿下とご一緒に、令和7年度富士スカウト章受章代表スカウトを初めてご接見になりました。富士スカウト章は、中学3年生9月以降から18歳までのスカウトを対象とした部門であるベンチャースカウトの中で、難易度の高い様々な課題を達成した者に授与される最高位の章です。
参加した代表スカウトから、それぞれが行っているプロジェクトについてお話をお聞きになり、和やかに懇談される中で、それぞれの取り組みの大切さや、スカウトの皆さんが熱意をもって活動されていることをお感じになったそうです。
5月、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、佳子内親王殿下とご一緒に、日本人のパラグアイ移住90周年・パラグアイ独立215周年を記念した「パラグアイ・ハープ(アルパ)デュオコンサート」にご臨席になり、アルパや筝の演奏、パラグアイ舞踊を鑑賞されました。
パラグアイには、日本人の同国移住70周年である平成18(2006)年に秋篠宮殿下(当時)が、移住80周年である平成28(2016)年に眞子内親王殿下(当時)が、移住90周年である本(2026)年8月に秋篠宮皇嗣同妃両殿下がそれぞれ公式訪問されています。
秋篠宮家の皆様は、日系有識者が主体となって設立され、日本語や日本文化の授業が行われている日本パラグアイ学院が研修旅行で日本を訪問した折には、生徒等とお会いになっており、悠仁親王殿下も平成24(2012)年及び令和5(2023)年にお会いになっています。
同じく5月、佳子内親王殿下とご一緒に、特別展「日本ベルギー修好160周年記念-美と知の交流の軌跡-」をご覧になり、両国関係を象徴する工芸品や、1866年に日本とベルギーとの間で締結された日白修好通商航海条約の条約書などの展示について、担当者の説明をご関心をお持ちになってご覧になりました。
・・・
前述の8月の広島ご訪問では、神石高原町で開催中の「第19回日本スカウトジャンボリー」にお成りになりました。初日は、成年スカウトとご一緒に親しく会話をされながら、宿泊されるテントを設営され、代表スカウトと懇談されました。
その夜には、大集会にご臨席になって、初めてのお言葉を述べられ、スカウトによるパフォーマンスなどをご覧になりました。2日目は、成年スカウトとご一緒に朝食づくりをされたり、コースターづくりをされたりしました。
他に、防災関係などスカウトが参加するいくつかのプログラムに参加された後、ジャンボリー会場を後にされ、午後には福山市の広島県立歴史博物館をご視察になりました。
大学の授業でつくば市に行かれていることも多く、宮邸にいらっしゃる時間にも限りがありますが、今年も合間を見ながら、野菜や稲の栽培をされています。
また、トンボ類をはじめとする生き物やそれらが暮らす生息環境の観察についても継続されています。
このように大学でのご活動や、公的な行事への出席など様々なことをされながら、お健やかに充実した時間をお過ごしでいらっしゃいます。
悠仁親王殿下は、この1年間を通してお会いになった方々、様々な形で支えてくださった方々や心を寄せてくださった方々へ感謝の気持ちをお持ちになっていらっしゃいます。
また、地震や大雨などの災害が続いており、亡くなられた方々をお悼みになるとともに、被災された方々にお見舞の気持ちをお持ちになっていらっしゃいます。
お写真と映像
(お写真)
https://www.kunaicho.go.jp/watch/activity/activity03/a04/birthday03-r080906.html
(映像)
https://www.kunaicho.go.jp/watch/activity/activity03/a04/birthday03-r080906.html
天皇皇后両陛下に挨拶
秋篠宮家の長男、悠仁さまは6日、二十歳の誕生日を迎え、天皇皇后両陛下に挨拶をされました。
二十歳となった悠仁さまは、午前11時前、天皇皇后両陛下に誕生日の挨拶をするため皇居の御所を訪問されました。門を入る際、「おめでとうございます」という声に車の窓を開け、手を振って応えられました。
筑波大学2年生として生物の分野で学びを深めている悠仁さまは、学業を優先しつつ、この1年、公的な活動にも多く取り組まれました。
先月、広島を初めて一人で訪れ、原爆死没者慰霊碑に供花したほか、「日本スカウトジャンボリー」で初めてお言葉を述べ、テントの設営や朝食作りなどに取り組まれました。
また、宮中晩さん会などの宮中行事に初めて出席するなど、成年皇族として活動の幅を広げられています。
2026年9月6日 日テレNEWS
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9月6日に20才の誕生日を迎えられた悠仁さま。幼少期から虫を愛し、スキーやキャンプなど四季折々の自然の中で過ごされ、健やかに成長されてきた。その軌跡を辿る。
2才の春頃から、三輪車に乗ることが好きになったという悠仁さま。紀子さまが記者会見で「随分長い距離を走らせることができるようになりました」とお話しになるなど、健脚を見せていた(2009年8月)
虫網や虫かごを手に昆虫採集するお姿は真剣そのもの。秋篠宮邸で捕まえたバッタを、細部まで観察されるご様子も(2012年8月)
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お茶の水女子大学附属小学校の6年生時の林間学校では、福島県・裏磐梯高原へ。トレッキング中に雨が降ったものの、ご友人と和やかに過ごされた(2018年8月)
初めての海外ご訪問となったブータンで。「ミュー(ラバ)に乗って(標高3500mの)山に上がったこと」を思い出に挙げられた(2019年8月)
14才の誕生日を前に、秋篠宮さまと一緒に写真撮影にチャレンジ。写真部出身の秋篠宮さまから技術を伝授され、少し緊張した面持ちながら、美しい風景を記録された(2020年8月)
幼い頃からウインタースポーツにも親しまれてきた。北海道で行われたスキーオリエンテーリングに参加され、小学生に「八の字にするといいよ」などとアドバイスも(2026年3月)
広島県で開かれたボーイスカウトの祭典にて、公式行事初となるお言葉を述べられ、「友情を育むことは心に残る時間になると思います」とお話しになった悠仁さま。テントで1泊され、参加者とともに作った朝食の豚汁に笑顔(2026年8月)
女性セブン2026年9月17日号


「次世代の天皇」が9月6日、20歳の誕生日を迎えられる。だが、その歩みは決して順風満帆なものではなかった。家族、進学、公務――様々な問題を抱えながら、悠仁さまはこれから新たな天皇像を模索されていくことになる。
福岡空港を飛び立った民間機が半時間ほどで、深い緑に抱かれた国境の島に機体を寄せていく。朝鮮半島まで海を挟んでわずか50キロ。長崎の対馬は古来、人や物が行き交い、時に押し寄せる軍勢を受け止めてきた日本の要所だ。
8月17日、島の中央に位置する小さな空港では厳戒態勢が敷かれていた。午後3時頃、空港のロビーに姿を現したのは、大きな荷物を抱えた40名ほどの若者たち。男性が中心だが、一部女性の姿も見える。賑やかな集団の中で、警察官の視線を一身に浴びていた人物がいた。
ラフなTシャツ姿で黒いリュックを背負い、白いマスクで顔を覆った一人の青年――「次世代の天皇」を宿命づけられた秋篠宮家の長男・悠仁さまである。
9月6日に20歳の誕生日を迎えられる悠仁さま。改正皇室典範でも改めて男系男子での皇位継承が強調され、一挙手一投足が注目を集めている。そんな中にあって、初めて地方公務の全日程に単独で臨まれたのが、8月7日から8日にかけての広島ご訪問だった。
「悠仁と呼んで」は「佳子と呼んで」を彷彿
平和記念公園では原爆死没者慰霊碑に白菊の花束を供花し、原爆投下で児童約400名が亡くなった本川小学校の平和資料館をご視察。続けて、神石高原町で開催されたボーイスカウトのキャンプ大会「日本スカウトジャンボリー」に出席された。中高生らの前で公務としては初めての「お言葉」も述べられたのだが、ご自身のテントを設営する際にはこんな出来事があったという。
「他の参加者から呼び方を尋ねられると、悠仁さまは『悠仁と呼んで』と応じられました。佳子さまがかつて、周囲に『佳子と呼んで』と話しかけておられたのを彷彿とさせた。悠仁さまは周囲と打ち解けることを優先するように、ボーイスカウトの関係者たちとタメ口で交流されていました」(宮内庁担当記者)
シンガーソングライターのHIPPYがステージで歌唱している際には、腕を振りながら、ノリノリな様子でご鑑賞。自ら設営したテントで1泊され、翌朝は6時半頃に姿を見せられた。包丁を握られ、朝食作りにもご参加。その時もフランクな言葉遣いで、豚汁を調理されていたようだ。
象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院の河西秀哉教授が解説する。
「この広島ご訪問で、悠仁さまは戦争の悲劇を受け止め、平和を希求するという皇族としての使命感を窺わせました。一方で、タメ口交流に象徴される、秋篠宮家が重視してきた“普通の人らしさ”も垣間見えた。悠仁さまへの期待と不安が綯(な)い交ぜになった単独公務だったように映ります」
上皇の孫世代では、唯一の男性皇族である悠仁さま。いかにして、秋篠宮が述べられるところの「生身の人間」として成長され、「次世代の天皇」としてのご自覚を育まれてきたのか。
週刊文春 2026年9月10日号

