秋篠宮ご夫妻はノルウェーの前国王・ハラルド5世の葬儀に参列するため8日午前、羽田空港を出発された。
ご夫妻は日本時間9日夜、首都オスロの大聖堂で行われるハラルド前国王の葬儀に参列された。
ご夫妻は大聖堂まで棺を運ぶ葬列にも加わり、10日に帰国される予定。
今回は、その様子を速報いたします。
ノルウェーへ出発
秋篠宮ご夫妻は先月亡くなったノルウェーのハラルド前国王の葬儀に参列するため、羽田空港を出発されました。
秋篠宮ご夫妻は8日午前10時ごろ、駐日ノルウェー大使らに見送られ、ノルウェーに向けて政府専用機で羽田空港を出発されました。
上皇ご夫妻をはじめ日本の皇室と深い交流があったノルウェーの前国王ハラルド5世は、先月28日、89歳で亡くなり、9日、首都オスロで葬儀が行われます。
ノルウェー王室から、天皇陛下に案内があり、皇室の慣例に鑑み、陛下が秋篠宮ご夫妻を派遣されます。
ご夫妻は9日、王宮から葬儀が行われるオスロ大聖堂までひつぎを運ぶ葬列に徒歩で加わったあと、葬儀に参列し、10日夜に帰国される予定です。
2026年9月8日 日テレNEWS
葬儀参列

8月に死去したノルウェー前国王ハラルド5世の葬儀が9日、首都オスロのオスロ大聖堂で執り行われた。ノルウェーや外国の王族とともに秋篠宮ご夫妻が参列された。
葬儀に先立ち、ひつぎを王宮から大聖堂に移す葬列にも加わった。大聖堂には天皇、皇后両陛下の花輪が供えられた。
ハラルド5世は開かれた王室を目指し、国民からの人気が高かった。葬列が進んだ沿道には大勢の市民が集まった。葬儀開始とともに、ノルウェー全土で一斉に黙禱がささげられた。ウクライナのゼレンスキー大統領も参列した。
皇室とノルウェー王室の親交は深く、天皇陛下は皇太子時代の1991年、元国王オラフ5世の葬儀に参列した。秋篠宮さまは英国留学中の89年にノルウェーを旅行した際、ハラルド5世に昼食会に招かれた。
新たに即位したホーコン8世は今年6月の訪日時、天皇、皇后両陛下に皇居・御所に招かれ、夕食を共にした。秋篠宮ご夫妻とも赤坂御用地の宮邸で懇談した。(共同)
2026年9月10日 産経新聞
主な参列者

英国のウィリアム皇太子が、チャールズ国王の名代として、ノルウェー国王ハラルド5世の葬儀に出席する。
ウィリアム皇太子は9日にオスロ大聖堂で執り行われる故ハラルド5世の葬儀に叔母のアン王女とともに出席する。ハラルド5世は8月28日、89歳で死去した。
ウィリアム皇太子の出席は国家元首が他国の元首の葬儀には出席しないという慣例に沿ったものである一方、アン王女は新国王ホーコン国王のゴッドマザーであることから個人の立場で参列する。ウィリアム皇太子は他の公務や13歳になる長男ジョージ王子のイートン校入学などの合間を縫って、日帰りでノルウェーを訪れる予定だ。
ハラルド5世の死去を受け、チャールズ国王はノルウェー王室に対し、「親愛なる従兄弟」を失ったことへの「心からの、そして最も深い哀悼の意」を伝えていた。
ハラルド5世は14世紀以来ノルウェー国内で生まれた初めての国王で35年にわたり在位。庶民出身の女性と結婚するなど伝統を打ち破ったことでも知られる。ヨットで1968年のメキシコシティー五輪にノルウェー代表として出場したほか、1968年に結婚したソニア王妃はデパート経営者の娘で店員として働いていたこともある平民だった。
チャールズ国王とハラルド5世はまたいとこの関係にあり、エドワード7世国王とアレクサンドラ王妃を共通の曾祖父母に持つ。ウィリアム皇太子は昨年4月にもバチカンで行われたフランシスコ教皇の葬儀に父の名代として出席している。
2026年9月8日 よろず~ニュース
ウィリアム王太子、アン王女/英国
フレデリック国王、メアリー王妃、クリスチャン皇太子/デンマーク
カール16世グスタフ国王、シルヴィア王妃、ヴィクトリア皇太子、ダニエル王子、カール・フィリップ王子、ソフィア妃、マデレーン王女、クリストファー・オニール/スウェーデン
ウィレム=アレクサンダー国王、マキシマ王妃、カタリナ=アマリア王女、ベアトリクス元女王/オランダ
フィリップ国王、マティルド王妃/ベルギー
ギヨーム5世大公、ステファニー大公妃、アンリ大公/ルクセンブルク
アロイス候世子/リヒテンシュタイン
アルベール2世大公、シャルレーヌ公妃/モナコ
フェリペ国王、レティシア王妃/スペイン
秋篠宮殿下、紀子妃/日本
アブドゥッラー2世国王、ラーニア王妃/ヨルダン
パウロス元王太子、アンナ=マリア王妃、ニコラオス王子/ギリシャ
ハーラル5世とソニア王妃
先日、89歳で亡くなったノルウェーのハーラル5世と妻ソニア王太后のラブストーリーをお届けします。
実に57年間連れ添ったノルウェーのハーラル5世とソニア王妃ですが、その愛の物語は、先日の国王の崩御によって幕を閉じました。長年にわたり王位に就いてきた夫妻の結婚生活の長さは、多くの人々にとって、当然のように思えているかもしれません。
ふたりがともに人生を歩み始めるまでにどれほどの年月を要し、どれほどの犠牲を払ったかについては、ほとんど知られていません。9年間におよぶ秘密の交際、世論の圧力、そしてノルウェー王室の将来を脅かす、王太子の最後通牒。
彼らの物語はあまりにもドラマチックだったため、2025年にはPrime Videoで配信された『The Commoner(平民)』という北欧限定シリーズの題材にもなりました。
これほど長い年月が経った今でも、多くの人々が彼らのロマンスに魅了されるのも無理はありません。以下、ノルウェー国王ハーラルとソニア王妃の驚くべき真実の愛の物語をご紹介します。
出会いは1959年のパーティ
父オーラヴ5世が王位に就いていたため、まだ王太子だったハーラルは、1959年に共通の友人がオスロで開いたディナーパーティで、若いソニア・ハーラルセンと初めて出会います。
当時、ハーラルはノルウェー陸軍士官学校の士官候補生でした。ソニアは服飾関係の事業を営む商人の娘で、オスロ大学でフランス語、英語、美術史を学んでいました。
その前には、スイスの名門フィニッシングスクールで、会計学とファッションデザインも学んでいます。誰もが認めるように、ふたりはひと目ぼれで、ハーラルは同年8月、自身の士官学校卒業舞踏会にソニアを招待し、そこで初めて一緒に写真に写りました。
秘密の交際
問題はすぐに明らかになりました。ノルウェー憲法が改正され、ノルウェー王位の完全な長子相続制(つまり、女性が王位を継承できる制度)が導入されるのは1990年になってから。
ハーラルにはラグンヒル王女とアストリッド王女という2人の姉がいましたが、オーラヴ5世と亡き妻マルタ王女(夫が王位に就く前に亡くなった)の唯一の息子だったハーラルが、当時の唯一の相続人でした。そのため、父親は彼が貴族出身の女性と結婚することを期待していたのです。
ところが、ソニアは商人の娘だったので、平民とみなされ、1950年代から1960年代の王室や貴族の間では、ふたりの関係は大きな物議を醸すことに。ふたりは長年にわたり、交際をほとんど秘密にし、オスロのヴィンデレン地区にあるソニアの実家で密会を重ねました(ソニアの母親ダグニーが応援していました)。
しかし、1964年、ノルウェーの報道機関で噂が流れ始めると、王室はついに声明を発表し、ハーラル王太子が平民と結婚することはない、と断言しました。
ハーラルが父親に最後通牒を突きつける
長年待ち続けたふたりは憔悴し、伝えられるところによると、そのプレッシャーの中で何度も別れと復縁を繰り返したそう。
1965年、30歳の誕生日を迎えたハーラルはついに我慢の限界に達し、父親にきっぱりとこう告げます。「ソニアとの結婚を許されないなら、私は一生結婚しません」
これにより、オーラヴ国王はノルウェー政府と協議せざるを得なくなります。1968年は世界中で国際危機が激化した年でしたが、ノルウェーでは憲法上の危機を迎えることとなりました。
ハーラルはノルウェーの王位継承権を持つ唯一の人物だったため、彼が結婚しないということは、事実上一族の統治を終わらせ、ひいてはノルウェー王室そのものを終わらせる可能性があったのです。
ノルウェー議会は、正式には結婚を承認できないが、国王が祝福するならば公には反対しないと述べました。「私たちはただ待ち続け、彼らが最終的に折れてくれることを願っていました」と、ハーラルは何年も後に、ノルウェー国営放送NRKに語りましたが、実際に、彼らは折れたのでした。
オーラヴ国王がついにふたりの結婚を祝福
1968年3月18日、オーラヴ国王はノルウェー議会への声明により、婚約を発表しました。
「議長、そして議員の皆様。私は、首相、政府閣僚、議長、そして各政党の院内総務の助言を求めた結果、本日、私の愛する息子であるハーラル王太子が、故カール・アウグスト・ハーラルセン氏とダグニー・ハーラルセン(旧姓ウルリクセン)夫人の娘である、ソニア・ハーラルセン嬢を妻に迎えることに同意したとご報告できることを嬉しく思います」
発表後は、祝賀のため全国各地の公共施設に国旗が掲げられました。
ハーラルは、亡き母が所有していたダイヤモンドとルビーの指輪をソニアにプレゼント。それは、2000年に息子のホーコン王太子が婚約者のメッテ=マリット・ヒェッセム・ホイビーに贈った婚約指輪と同じものでした。
感動的なことに、1968年8月29日、オスロ大聖堂で行われた結婚式では、オーラヴ国王がバージンロードを歩くソニアをエスコート。ソニアの父親は1959年に亡くなっていたからです。
大聖堂は2500本以上の花で飾られ、850人のゲストが式に参列しました。花嫁はまた、チュールのベールを留めるのにティアラではなく、花の冠を選び、王室の伝統から逸脱しました。
彼女のドレスも完璧に仕立てられていましたが、王室専属の仕立て屋が作ったものではなく、ノルウェーの高級ファッション専門店、モルスタッドで購入したものでした。
その後は長い人生をともに歩んだ
ノルウェーの新王太子妃となったソニアは、義理の姉であるアストリッド王女の後を継ぎ、ノルウェーのファーストレディの地位も引き継ぎました。
アストリッド王女は、父が王位に就く前に母が亡くなったため、結婚後もファーストレディの役割を担っていたのです。また、姉のラグンヒル王女は1953年の結婚後まもなくブラジルに移住していました。
ハーラル王太子とソニア王太子妃には、1971年に生まれたマッタ・ルイーセ王女と、1973年に生まれたホーコン王子という2人の子どもがいます。
1991年1月17日にオーラヴ国王が崩御すると、夫妻はノルウェー国王と王妃となり、ソニアは52年ぶりのノルウェー王妃となりました。ノルウェーの君主は戴冠式ではなく、より厳粛な儀式である聖別式を前君主の葬儀後に行います。
夫妻はその年の6月にトロンハイムのニーダロス大聖堂で聖別式を行い、即位を記念して、ノルウェー南部を10日間かけて巡りました。
1968年8月の結婚から50年後の2018年には金婚式を迎えた、ハーラル国王とソニア王妃。近年はふたりとも度重なる入院など、健康上の問題を抱えていたものの、変わらず仲睦まじい様子を見せていました。
しかし、2026年8月28日、ソニア王妃は、57年間連れ添った夫に先立たれることとなりました。翌日は、奇しくも夫妻の結婚58周年記念日でした。
2026年9月3日 ヴァンサンカン記事
秋篠宮ご夫妻がノルウェーから帰国
ノルウェーの前国王ハラルド5世の葬儀に参列するため同国を訪問していた秋篠宮ご夫妻は10日夜、羽田空港着の政府専用機で帰国された。
宮内庁によると、ご夫妻は9日にオスロ大聖堂で執り行われた葬儀に参列。
大聖堂には天皇、皇后両陛下の花輪が供えられ、ご夫妻は葬儀に先立つ葬列にも加わられた。
秋篠宮さまは新国王のホーコン8世に対し、両陛下、上皇ご夫妻の弔意を伝えられた。
「故ハラルド5世国王をはじめノルウェーの王室の方々とは懐かしい思い出がある」との上皇ご夫妻からのメッセージも伝達されたという。
2026年9月10日 読売新聞

